Vol.36 出口 兼孝 さん

Vol.36 出口 兼孝 さん

今回紹介するのは、平成8年生まれ、大台町大ケ所(おおがしょ)出身の出口 兼孝(でぐち けんこう)さんです。
大学時代までを実家で過ごし、県外に就職。その後も月に一度は帰省し、地元に関わることを続けています。郷土愛に溢れる出口さんが、幼少期からどんな風に過ごしてきたのか、彼の思う大台町の良さも含めてお話を伺います。

【大台町での幼少期】

一番幼い時の記憶は、2歳くらいの時。
「おばあちゃんと近所をお散歩しながら、踏切で列車を見たことを覚えています」と話します。
今はなき大台町佐原の三瀬谷北保育所に通園していた出口さん、実は、おおだいびとVol.23に登場した喜多正悟さんの同級生。クラスの人数は三十数人でした。当時、大ケ所区や長ケ区など離れた地域の園児は、乗り合いタクシーで通園していたそう。

「園庭にはブランコなどの遊具があって、砂場は広かった。お散歩では大谷川沿いや、三瀬谷神社に遊びに行きました。七五三も三瀬谷神社です」
三瀬谷北保育所と南保育所がひとつになり、平成21年4月に三瀬谷保育園となりました。大台町菅合に建つ新園舎は、地元産木材がふんだんに使用された木造平屋建て。木の温もりを感じる園舎と、築山もある広い園庭で、子どもたちがのびのびと過ごしています。

平成28年4月からは、保育所と幼稚園の機能を併せ持つ「認定こども園」として運営が行われていて、園舎の一室に併設された子育て支援室「ほし組」では、担当職員が子育て相談に対応し、子ども同士、保護者同士の交流ができる場でもあります。
三瀬谷認定こども園では、夏祭りや町民運動会といった地元行事への参画や、コロナ前まで行っていた大台町の郷土料理「ないしょ餅」作りなど、地域の方との触れ合いを大切にした、地域に愛される園を目指しています。

三瀬谷認定こども園

さて、園以外での出口さんの幼少期の思い出を伺いました。おじいちゃんの田植えを手伝ったり、おばあちゃんと畑仕事をしたり。当時は大ケ所の数世帯で大台町の特産物「椎茸」を栽培していたそうです。出口家も共同栽培の一員として、どんな品種にするかなどを会議で決め、栽培した椎茸を道の駅に出荷していました。現在は、高齢化により共同栽培は辞めてしまったそうです。

年に一度の旅行が楽しかったという出口さん。
「4歳の時に行った那智勝浦旅行では、くじら博物館に行ってイルカと触れ合ったり、遠くの海でクジラが泳いでいるのを見たり。旅行はいつも母と母の妹である叔母の3人で、鉄道に乗って連れて行ってもらいました」

大台町には、JR紀勢本線が通っています。2016年に切り替わったキハ25系はベンチのロングシートですが、その前の古い車両キハ40系はボックス席で向かい合って座る形だったそう。幼い出口少年は、車内の一番前で、運転士さんの様子を見ながら旅を楽しんでいるうちに、鉄道に興味を持つようになりました。

幼少期の出口さん

【太鼓に打ち込んだ小学校時代】

小学校は、大台町佐原にある三瀬谷小学校へ、大ケ所からスクールバスで通学。
スポーツ少年団として、テニス、野球、剣道などがある中、出口さんは太鼓を選択しました。轟太鼓ジュニアに入り、小学校時代の6年間、毎週金曜日の夜に大台町弥起井にある大台町B&G海洋センター体育館で練習に汗を流しました。

轟太鼓ジュニアで太鼓演奏を披露したのは、8月15日開催「千客万来夏まつり」の前身である「観光祭(かんこうさい)」や、町が主催する秋イベントの「ステーション祭り」、大台町・宮川村合併後の「どんとこい大台まつり」、福祉施設への慰問など。

祭りでは、出演時間が終わった後に、友達と出店や花火を満喫したことが楽しかったそうです。
小学校2年生、大きな舞台で太鼓演奏を行う機会がやってきました。2005年日本国際博覧会「愛・地球博」EXPOドームでの「キッズ100人太鼓」に、三重県の子どもたちが出演しました。轟太鼓ジュニアもその1チーム。とても良い思い出になったと出口さんは振り返ります。

轟太鼓ジュニア

自然豊かな大台町。小学校時代は、外で遊ぶことが多く、出口さんは友達と遊具のある三瀬谷神社の広場で遊んだり、広葉樹の下に昆虫ゼリーを置いておいて、カブトムシ取りをしたり。
学校の遠足では、北畠館跡へ歩いて行きました。5年生の社会見学では奈良へ行き、6年生の修学旅行では京都へ行ったそうです。お寺を巡り、最後は太秦映画村へ。

また、大杉谷自然学校のデイキャンプでは、大台町栃原にある子ども王国でカヌーを体験しました。親元から離れての初めての宿泊キャンプも体験。
大杉谷自然学校と宮川森林組合による林業体験では、実際に森へ行き、間伐を体験しました。山は手入れが必要だということを学びました。
大杉谷自然学校では、子ども王国をフィールドとした人気イベント「森のようちえん」や、動植物に触れるキャンプなど、地域の特色を活かした環境教育体験を提供しています。大台町教育委員会からの受託事業として、授業の一環で自然体験を行ったり、放課後子ども教室を実施したり、大台町ならではの教育の充実を図っています。

大杉谷自然学校

【地域の行事や大台町ならではの教育】

また、出口さんが住む地域の行事としては、大ケ所の夏祭りが毎年8月14日に開催されていました。ヨーヨー釣りや綿菓子、ポップコーン、かき氷などが並び、地域の人が集います。昔は盆踊おどりもあったそうですが、高齢化や人口減少に伴っていつの間にか縮小されました。手持ち花火を楽しむのが、祭りの締めの恒例だそうです。コロナ禍で中止となっていましたが、2023年は4年ぶりに開催。台風の影響で公民館の中で開催されたそうです。伝統を守り続けるため、子どもたちに楽しんでもらうため、地域住民の交流のため…。区単位での行事もそれぞれに取り組まれています。
地域おこし協力隊が編纂した「大台町集落ガイドブック」には、地域ごとの行事や習わしが記載されているので、ぜひ参考にご覧ください。

大台中学校に進んだ出口さん。剣道部に所属します。
大台町ならではの授業や体験を聞いてみました。大杉谷自然学校での川遊びや鮎つかみ取り体験、奥伊勢湖漕艇場でのボート体験、奥伊勢フォレストピア「森の国工房」での陶芸体験。遠足では、学校周辺や北畠史跡でフィールドワークを行ったそうです。
中学3年生の時にコンパクトデジタルカメラを買ってもらい、滝原駅や三瀬谷駅で列車を撮るようになりました。

JR紀勢本線

【高校からは町外へ通学】

高校は、松阪市の「三重高校」へJRを使って通うように。JRは本数が少ないため乗り遅れることが許されず通学時間もかかるので、朝家を出るのが早く、帰宅も遅くなることが大変だったといいます。帰りのJRでは、野生動物とぶつかって停車したことが何回も…。ドンという衝撃から10~15分で再開するそうです。「最初は驚くけれど、みんなそのうち慣れますよ」田舎あるあるなのでしょうか。夜に車を走らせると、サファリパークかと思うほど、シカなどの夜行性の動物に遭遇します。

また、雨や雪でJRが止まって帰れなくなり、迎えに来てもらったことも多々あったそうです。

反対に、JR通学で良かったこともたくさんありました。
「通学仲間として他校の生徒とも仲良くなれました。今でも仲の良い鉄道が趣味の友達もみんなそう。JRは乗車人数が少なくて全員が座れたので、1時間程度の通学は勉強の時間にも充てられました。学習面で不利に感じたことはないです」

出口さんは高校2年の時、「未来松阪市」という政策コンテストに、クラスのメンバー4人で挑戦しました。4~5回の講座を経て、課題解決を発表するコンテスト。市長特別賞を受賞します。この頃の体験が、後の出口さんの「まちづくり」への興味に繋がっているのかもしれません。

伊勢市の「皇學館大学」に進学し、教育文化を専攻した出口さん。
行動範囲もグッと広がり、休日には、趣味仲間と「気になる鉄道があるので見に行こう」と各地へ旅に出かけるようになりました。北海道へは四季折々の良さを感じる旅に。「旭川や帯広は駅間が10~20km離れているところもあります。地元の鉄道とは違い、駆け抜ける速さが印象的」

出口さんが撮影した鉄道の写真

【よさこいと地域貢献ボランティア】

そして大学3年生。仲良くなった先輩から誘われ、「伊勢まつり」でよさこいを踊ることに。「小学校時代の轟太鼓ジュニア以来の人前での演技は、とても楽しかった」これをきっかけに、よさこいチーム「音錦(おとにしき)」に所属し、本格的によさこいをスタートすることとなりました。

またこの頃、成人式の実行委員にも従事し、運営を担当していた出口さん。大台町栃原の「グリーンプラザおおだい」で開催された成人式で、役場職員との交流が始まります。小さい頃から愛着のある、大台町のマスコットキャラクター「宮坊&チャミー」を大台町のPRに使えたらと話していたことを職員が覚えていて、「川添夏まつり」に向けて声がかかり、出口さんはボランティアとして宮坊&チャミーを演じました。

2018年8月15日の「千客万来夏まつり」では、轟太鼓ジュニア時代に太鼓を教えてもらっていた山本将之さんから声がかかり、宮坊&チャミーと音錦のよさこいを披露。四日市や松阪、尾鷲などに住むメンバーを「遠いけど大丈夫?」と誘い、快諾され実現しました。

手作りのアニメ山車が見どころの千客万来夏まつり。出口さんは、地元を盛り上げたいとの思いから、実行委員会にも携わり、山車作りや当日の手伝いなども行っています。

チャミーと宮坊

就職を機に、実家を離れ四国へ引っ越すことに。学生時代も、四国へは何度か鉄道の写真を撮りに行っていました。「親には、外の空気を吸ってくるのもいいよと背中を押されました。新しい挑戦は楽しみでした。現在は関西で、鉄道関連の仕事をしています」

【自身が企画した初イベント】

社会人になってからも、月1回以上は帰省し、地元との交流も欠かさない出口さん。
2023年6月30日、慣れ親しんだ車両「キハ85系」の引退が決まり、地元でのお見送りイベントを企画します。
「コロナも収まりきっていないなか、地元大ケ所の人だけに知らせるクローズドイベントにしようか、大台町観光協会の発信力を借りてオープンなイベントにしようかをギリギリまで悩みました。宮坊&チャミーを登場させたかったので、役場への申請も初めてのことで緊張しました。乗客にも見てもらうための横断幕は私がデザインし、太鼓時代からお世話になっている印刷会社を営む山本さんに制作を依頼しました」

当日は午前中雨模様となり準備も大変で、スタンバイしていた宮坊&チャミーも活躍させることはできませんでしたが、観光協会による周知もあり多くの人が集まるイベントとなりました。
大ケ所に住む人たちは、「滝原駅がこんなに賑わったのは初めて。20人も30人も集まることはない」と、活気づく地元に喜びの声を聞かせてくれました。

「キハ85系」のお見送りイベントの様子

轟太鼓で今も大台町の子どもたちに太鼓を教えている、大台町佐原の山本将之さんにお話を伺いました。
「出口君は小学校時代から活発で、太鼓に関してもやる気満々。元気いっぱいでした。高学年になると、力強い演奏でリーダーとして低学年を引っ張っていってくれた。バンドで例えるとベースの役割。
愛・地球博では松阪の太鼓グループ・響座さんに声をかけてもらい、三重県の子どもたち100人が太鼓を披露しました。参加した子どもたちにとって、とても良い経験になりました。
当時は小学生の人数が多かったので、中学でクラブ活動に専念できるように、みんなが6年生で太鼓を引退しました。今は子どもたちの人数が少ないので、中学に上がっても続けてくれている子もいます。

轟太鼓ジュニア

出口君が夏まつりに関わってくれるようになったことで、初めてステージイベントによさこいが加わり、祭りが華やかになりました。太鼓をやっていた小学生の頃の出口君を知っているので感無量でした。若い子は町から出ていってしまうので、祭りなどを通して地元で活躍してくれる頼もしい存在です。
お見送りイベントでは、できる限り出口君たちをサポートして、何としても成功させたかった。結果は大成功。鉄道ファンの出口君には、これからも紀勢本線のPRをしていってほしい。
外で見てきたものを持ち帰って、大台町に戻ってきたときには経験を活かしてさらに盛り上げてほしい」

大台町に生まれ育んだ郷土愛をもって、今後どんな活躍が見られるでしょうか。

「キハ85系」のお見送りイベントの様子

【大台町の未来を見据える】

「インターネットで、毎月発行される広報おおだいをチェックしています。悲しいけれど、この町の人口の減少は止められません。交流人口や関係人口を増やしていくしかないと思っています。そのためには、まずは観光客を増やさないといけない。松阪は牛、伊勢は神宮と考えたときに、大台はやっぱり豊かな自然であり、町全体がユネスコエコパークであることが強みなので、それで勝負していくことが最善。大台町観光協会が運営する観光案内所・奥伊勢テラスが2023年1月にリニューアルオープンし、ホームページやSNS、YouTubeなどによる観光情報発信を頑張ってくれています。

ぜひ大台町に遊びに来てほしい」と話す出口さんに、どうすれば観光客増加に繋がるか、アイデアを伺いました。
「イベントやキャンペーンなど、遊びに来るきっかけを作ることから始まるのではないでしょうか。
私は鉄道が好きなので、公共交通機関をPRしたいです。出生数の減少から学生の利用も減り、公共交通機関の利用人数は年々減少してきています。利用者が減ると本数も減り、存続も危ぶまれます。交通の便が悪いと、観光客も来なくなってしまう。公共交通を守っていくことで、交流人気を守ることができると思います。列車がなければ暮らせない人もいますしね」

公共交通機関を守ること。何事も、辞めるのは簡単でも、維持するのは難しいものです。地域に伝わる行事然り。

奥伊勢テラス前で開催されたイベントの様子

最後に、出口さんの夢を聞かせていただきました。
「2025年8月15日、三瀬谷駅は開通100周年を迎えます。千客万来夏まつり当日でもあるので、記念イベントとして絡めたいと実行委員会の方と話しています。2023年の千客万来夏まつりは台風の影響で10月のアニメ山車披露と花火の打ち上げのみの開催となってしまったので、来年、再来年は盛大に開催できるよう祈ります。
将来的な夢は、いつかこの町に戻ってきて仕事がしたい。町のために貢献できれば嬉しいです」

筆者は、出口さんが大学3年生の時に知り合いました。仲間と力いっぱいよさこいを舞う姿、マスコットキャラクターを愛らしく演じる姿、主催イベントを成功に導いたリーダーとしての姿。話をするたびに、大台町の良さを気づかせてくれます。
若さと情熱で、町に住む多くのキーパーソンを巻き込んで化学反応を起こしていく。持続可能な大台町を実現させる担い手の一人となる。筆者はそう確信しています。

出口さんが主催した「キハ85系お見送りイベント」動画:
https://youtu.be/8icr59hWA8I

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