今回紹介するのは、大台町岩井(いわい)に本社のある総合建設業「株式会社西組」の会長を務める西 覚嗣(にし さとし)さんです。昭和27年生まれの西さんは、2023年秋、残りの余生の最後のチャレンジとして、かつて西組の社員寮として利用していた民家をリノベーションし、「ゲストハウス溯渓寮」をオープンしました。
【子どもたちは自然の中みんなで遊ぶ伝統があった】
大正9年に建設業を設立したという西組。令和2年に創業100年を迎えました。西さんは3代目。大台町桧原(きそはら)に生まれ、現在は大杉谷自然学校として姿を変えている「大杉小学校」に通っていました。同級生は30人。山や川をフィールドに、魚や鳥を捕るという遊びをしていたそうです。
「誰言うとなく子どもたちみんなが、季節によって決まった遊びのメニューを楽しんでいました。それは、上級生がリーダーになって下級生の面倒を見るサイクルが自然にできていたから。上級生はしっかりと目を配っていたので、怪我をする子は一人もいなかった」
子どもたちの夏のお楽しみは、川に入って捕る鮎でした。
「大杉は瀬がきつい(流れが強い)から鮎の友釣りではなく、『ひっかけ』という漁法で捕っていました。友釣りは領内(りょうない)や荻原(おぎはら)でやっていた。『ひっかけ』用の竿は、小さい頃は親が作ってくれて、中学生になったらのこぎりやナタなどの道具を使って自分で作っていました。部品がすぐ手に入るわけではないので大事にしていた」
竹の先に針が付いた竿で鮎を捕る宮川上流域の伝統漁法「ひっかけ」は、「しゃくり」とも呼ばれます。長い竿で6mにもなるそう。箱メガネで水中を覗き、鮎を追います。大杉に生まれた子どもは、物心がついた頃から川で遊び、先輩の姿を見ながらこの漁を覚えていったそう。
「鮎ほど日本人のたんぱく源として貢献した魚はないと思う」と西さん。それほどに身近な魚だったのですね。
【Uターンを見越して上京し森林土木を学ぶ】
西さんが大杉中学校に上がったころから、村の人口が減り始めました。
「昔は良い意味で上下関係がはっきりしていた。上級生は下級生の声を聞くのが当たり前。お互いに信頼し合っていて、秩序が自然と保たれていました。人口減少でバランスが崩れ、上級生が下級生を教える機会が少なくなっていきました」
中学卒業で半数が就職する時代。ほとんどの人は名古屋などの中京圏へ出ていったそうです。西さんは、旧宮川村にあった荻原高校普通科を経て、日本大学へ進学し上京します。いつか地元へ働きに戻ることを想定し、森林土木について学びました。
大学時代のエピソードをお話しいただきました。
「地元の寺の和尚、井上さんが同級生で、当時駒沢大学に通っていました。彼は新宿にある天龍寺に下宿していたので、よく遊びに行っていた。当時、天龍寺には大学に通いながら寺の手伝いをする若者が2~3人いましたが、卒業や本山へ行くなど、みんなが出ていくタイミングで、住職から『おってくれんか?』と声がかかったんです。大学に入って1年半が過ぎた頃、アパートを引き払って卒業まで天龍寺で過ごしました。17時に鐘を突いたり、手伝いや留守番をしたり。その間、若い者が入ってきては出ていきとしていましたが、私だけは安定して寺にいたため重宝がられました。住ませてもらって、食べさせてもらって、給料を月3万いただいていた。日曜日でも法事の手伝いがあったので自由はなかったけれど、生活は楽だった。この経験は、みんなとは違う学生時代の経験ではないかな」
西さんの趣味の一つが寺院巡りになったのは、このためです。奈良県にあるお寺はほぼ網羅したそうですよ。
大学卒業後は、名古屋の木材商社へ就職されます。外材と内地材がありますが、国産の木材である内地材の流通に携わりました。3年後、旧宮川村へUターンし、西組に就職。現在に至るまで建設業に従事します。
【田舎のインフラを守る建設業に誇りを持つ】
西さんに、この仕事の楽しいところを聞きました。
「モノを作り出すところ。同じ仕事はなくて、道を作るとなっても、地形によって違うのでやり方がその時々で異なる。仕事を工夫する面白さがある」
現場監督として働くと、全てを自分の裁量で決めることになるそう。担当する現場監督に100%任せるという世界なので、責任は背負うけれど、計画の立案や段取りをするやりがい、アイデアを出していく楽しみがあるといいます。土を掘削する時には、方角によって日当たりが変わります。冬は雪が積もる方角がある。外仕事だから天候にも左右される。現場での作業はケースバイケースであり一本調子にはできないところが、大変なところでもあり、乗り越えたときの達成感と喜びにつながるところでもある ――西さんはこの仕事に誇りを持っています。
「インフラの保全や改良は、いつの時代もついて回るものであり、建築業は経済活動とリンクしたもの」この仕事の将来性について、この先も必要不可欠だろうと西さんは話します。
一方、20~30年前から人材不足を感じるようになったそうです。「地元の企業に目を向けない」「建築・土木への理解度が少ない」「外仕事は敬遠される」などの理由からではないかと西さんは考察します。
「災害時の対応など、地域のためになくてはならない仕事です。有事の際の仕事への使命感だけではなく、高齢化しているこの地域で、何かあったら頼りにされる。建築の場合でも、すぐにメンテナンスに駆け付けられる。これは地元企業の良さでもあり、日ごろのフットワークの軽さが次の仕事につながっていく」
共存共栄があるべき姿と教えてくださいました。
近年の気候の変化によりゲリラ豪雨などが多発し、山間であるがゆえに道路の損傷など、災害の頻度も増えてきています。建設業の需要はこれからさらに高まっていくことが見込まれます。
【この環境でしかできない釣りが趣味】
さて、西さんの趣味は「渓流釣り」です。ゲストハウスに名付けたように、谷を溯(さかのぼ)っていき、山奥の渓流に棲むアマゴを釣る。釣りというよりは、この趣味の7割が登山なのだそうです。大和谷の奥をはじめ、紀伊半島の谷はほとんど制覇したといいます。
「渓流によって、アマゴの体の側面にある『パーマーク』と呼ばれる模様が違います。それを調べるのが楽しい。昔は餌釣りをしていたけれど、キャッチアンドリリースするために毛バリを飛ばす日本伝統のフライフィッシング『テンカラ』で釣り始めました。天然の魚は苦労して育っているから生きたまま返してあげたい」
3メートルの竿に、8メートルのライン(釣り糸)を付けたテンカラでの釣り。最初は思うようにできなかったそうです。
「振れるようになるまでに要した時間は、この環境にいて2年もかかった。休みの日にだけ来て練習している人は、テンカラは難しすぎてきっと身につけられない」
渓流釣りは、釣ってから上げることが特に難しいそうです。
「瀬がきついところへ入るとカーボンの竿が折れる。釣る前に、どこへ魚を誘導するか、そして自分の進路も岩があって行けないなどないよう確保しておかないといけません。そこが、自然の中に入る面白いところ」
目的地を決めるというよりも、日没までにタイムスケジュールを設定して楽しんでいるそうです。テントを持って行き、時間になったら夜を明かすことも。
大和谷で釣りをしていたとき、10cm以上もの大型のガマカエルが掛かったり、向かいの山の木に登っているクマに遭遇したり。
「クマは木の枝をちぎってウインナーのように食べていた。人の腕の骨なんてひとたまりもないやろうね」西さんの冒険話は尽きることはありません。
【大杉谷の自然の変化と未来に向けて】
大杉谷の自然は、食物連鎖のバランスが崩れていったと西さんは危惧します。
「虫が少なくなりました。虫はたいてい水中で孵化する。聞くところによると、黄砂やPM2.5などが来るようになり空気成分が変わったことで、水の成分も変化して虫が孵化しなくなったらしい。子虫がいないと、鳥もいなくなる。鳥を食べる動物もいなくなる。天然林が少なくなったことで、川はミネラル豊富な水ではなくなり、藻の種類も変わってしまった。それを食べていた魚などの水生生物も生きられなくなった。大杉谷でこんな状態なので、世界中でダメになったのではないかと思います。空気から問題なので、もう元には戻らんやろな ――」
今を生きる私たちにできることはあるでしょうか。西さんはこう考えます。
「川筋に広葉樹を植えて、ミネラルを増やすこと。川から30~50メートルの場所は全部広葉樹にして、その他は人工の経済林でいいと私は思う。今の状態と比較してどのくらいミネラルが増えるのか研究してほしい。効果が出たら、それをベースに全国の山づくりのモデルとして、日本の山を再生していけばいいですよね。山は海につながっている。海にいるプランクトンのもとはミネラルなのだから、山をコントロールすれば、昔の海を取り戻すことができると思います。伊勢湾に出る宮川の上流にある大杉谷だからこそ調べられる」
【故郷・大杉谷を守っていくために】
最後に、西さんから見た大台町の良さについてお話しいただきました。
「地形的には、旧大杉谷村が紀伊半島の東紀州のはじまりだと思っています。大台山系を源としている土地であることが一番の魅力」
そんな大杉谷地域の大台町久豆(くず)を拠点とするゲストハウス「溯渓寮」は、「たくさんの人に来てもらい、自然との関りを深めてほしい。三重県の行楽の地として、海だけではなく森林や川を選択してもらい、『自然』に目を向けて、現状に気づいてほしい」 ―― 故郷・大杉谷を守りたいという西さんの情熱がきっかけとなり開業しました。
住居も仕事も生活もサポートする。自然を愛し、大杉谷の歴史をつないでいってくれる人を歓迎する ―― 読者の皆様、大杉谷に興味を持っていただけたでしょうか。まずは、ゲストハウス「溯渓寮」へ泊まりに来てください。大杉谷の自然を感じ、ここに住む人と話してみてください。地球の自然環境を守るヒントが、ここにあるのかもしれません。
溯渓寮
HP : https://sokeiryo.jp/
住所 : 三重県多気郡大台町久豆382-2
Tel : 090-7909-1440