今回のインタビューは江馬(えま)にお住まいで、町外の小児科にて言語聴覚士として働く橋爪 和歌子(はしづめ わかこ)さんです。
人と関わることが好き。やりたいと思ったらやり通す芯の強さ。ポジティブで柔軟な彼女の今について伺いました。
【「言語聴覚士」と出会う】
昔から子どももおじいちゃんおばあちゃんも大好き、な和歌子さんは福祉系の大学を卒業後、障害者施設で働き始めます。
充実した毎日の傍ら、自身の母と共に月に一度、障害児も含めて誰でも集まって遊ぶ会“にこすま”を催していました。そこである時、お呼びした音楽遊びをしてくれる先生に感銘を受けます。子どもたちに対する声の掛け方、距離の取り方、促し方など。
「こんな素敵な人がおるんやぁって思って、普段のお仕事は何をしてるのか聞いたら、言語聴覚士ですって」
この職業にピンときて、これだ!私のやりたかったことは、と感じた和歌子さんは、この資格を取得すべく施設を退職し、再び学びの道へ。
専門学校を卒業すると、こどもの療育を手掛けている小児科で言語聴覚士として働き始め、現在に至ります。
「何が自分にできるのかずっと探してたんですよね」
学生時代はカナダやオーストラリアへ留学し、多様な価値観を見てきた和歌子さん。
人の生き方に興味があり、講演会やセミナーへ参加したり、震災時にはボランティア活動をしたり、自身の生き方を模索していました。
「でも結局は自分の母親だったり、療育に通って来てくれる子たちの母親だったり、人生の師は身近にいたんですよね」
言語聴覚士の仕事に打ち込むようになってから、セミナーや海外へ行きたい気持ちが不思議となくなっていったそうです。
【空き家だったおばあちゃんの家】
和歌子さんは、祖母の亡き後空いていた大台町の古い家屋を少し直して、引っ越してきました。
なぜわざわざ職場から遠くなる田舎に引っ越しを決めたのか尋ねると、
「アパート暮らしが苦しくなってきて…。一軒屋に住みたい気持ちがすごく強くなって」
そこで子どもの頃に行ったことのある祖母の家を思い出します。
その頃たまたま出会ったのが、キッチンカーをメインにイタリア料理屋を営まれている「il vivo(イル ヴィーヴォ)さん」。拠点のお店が祖母の家の近所だったため、遊びに行くついでにその家を見に行き、確信します。
思い立ったらやらずにはいられない性分の和歌子さん。
すぐに実家に連絡し、修繕や引っ越しの段取りはトントン拍子に進みました。
【移り住んで】
いざ暮らし始めると古い家屋は決して住みやすい場所ではありませんでしたが、周りは大自然。趣味のランニングに最適でした。
一人暮らしの若い女性がお年寄りの多い地域にどう溶け込めたのか尋ねると、
「おばあちゃんがここで本当に人付き合いを上手にしてきたんかなって。あぁゆきちゃんの孫やねって受け入れてもらえて」
移住すると、その地区の組(町内会)に加入したり、人によっては苦手だと思うような集まりや共同作業が待っており、コニュニティーに馴染んでいけるか心配なところです。
しかし和歌子さんはこういう場が必要だと感じているよう。
職場と家の往復だけでは知り合えない人々に出会えます。
周囲からのさりげない会話から祖父祖母がここで生きてきたことを感じられるのも、ここにきて良かったなと思えることだそうです。
持ち前の社交性で、あちらこちらに顔を出している内に顔馴染も増え、この土地が居心地の良い場所となっていきます。
いつも常連さんで賑わう「ゆったりカフェひだまり」では、店主さんが知らない者同士でもゆるく会話を回してくれて温かい雰囲気に包まれたり、アユ料理やボリューム満点の定食が楽しめる「月壺」ではパワフルなおかみさんに元気をもらい、地域の人々との交流を楽しんでいます。
※ゆったりカフェひだまりを営む染川さんはおおだいびとvol.2に、月壺の大森さんはvol.38に登場しています。
【田舎暮らし、正直なトコロ】
母となった今では、やはりメリットは少々騒いでも大丈夫な広さ。コロナ禍でも庭で悠々と遊べました。
また、地域の人々の子供たちへの視線の優しさをとても感じるそうです。
子連れを気持ちよく迎えてくれるパン屋「カナエタ」や近所のスーパー「海ものがたり」。知らないおじさんがお菓子を買ってくれたり、抱っこしながら買い物していると見知らぬおばあちゃんが子供の足をかわいいなぁと言いながら撫でてくれていたり。
それぞれの店主さんたちやお客さんが子どもたちを大事にしてくれていて、和歌子さんは子どもに寛容な店が多いと感じています。
「もうひとついいなぁって思うのが、誰が作ったか顔が見えるものを食べられること。○○さんが作ったお米なんだよねぇって言いながら食べられるっていうのが魅力的やなぁって」
新鮮な野菜を分けてもらったり、知っている人が手掛けるものを頂く安心と豊かさがあります。
反面、田舎で困ることは、すぐ買い物に行けないことです。ネットで購入できる便利な時代ではありますが、やはり見て確かめて購入したいもの。足りないのはほんの少しなのに、という時ももどかしさを感じます。
和歌子さんのお住まいの地区から最寄りのホームセンターや100円均一ショップなどのあるエリアへは車で約15分。そこでの品揃えが物足りない場合はさらに遠出になってしまいます。
また田舎はみんなが目を向けてくれるので、それが嬉しい時もあるし、しんどい時もあるとのこと。子どもたちのことをご近所からみんな見守ってくれているのは心強いけれど、プライバシーがないと感じる場合も。
色々な人の生き方に触れてきた和歌子さんから見れば、「こういう考え方の人もおるんやなぁ」と苦笑しながら、おおらかに受け止めています。
【児童発達支援について】
大台町の粟生にある放課後等デイサービスの「きいろカナエタ」。
発達支援が必要なこどもたちが、それぞれのやりたいことを見つけて挑戦する、学童保育のような施設です。
和歌子さんはほぼ毎週、勤務する小児科の休診日にここで働いています。
仕事に家事育児に大忙しな母の唯一の休日ですが、「働いている」といっても楽しいから。
「ほんとにみんなかわいくて、毎週楽しいんですよね」
それぞれの子どもたちにどのように接するか考え実践し、その子の「できた!」が引き出せたり笑顔が見られることが何よりだそう。
「仕事とプライベートって分けられなくって…。興味のあることって教材作ったり…。買い物行ってもこれあの子に合いそうだなとか探すのが趣味になってる…(笑)」
困ったように嬉しそうに話してくれます。
【心を穏やかに保つ方法】
目下のところ、和歌子さんの課題は子育てと仕事の両立。
仕事上のブラッシュアップはもちろん、成長し自己主張が強くなってきた我が子との向き合い方、周りの人たちとの付き合い方。
「こういう風に言ったらこうしてくれるんかな?」とかゲーム感覚でやり取りするよう心掛けているそう。
「この仕事(小児科の療育)、自分の感情をコントロールしなきゃいけない仕事で、プライベートでどんだけイライラしてもそれを絶対子どもに出したくないし…。その分自分の精神状態を安定させるには、時間を掛けようってしてますね(笑)」
迷いながら、あがきながら、自分のご機嫌も取りつつこなす毎日。
そんな和歌子さんには、毎晩書いている秘密のノートがあります。
「もやもや~っとしたことも文字にするとすっきりしていって対処法もみえてくる」
もやもや手帳は日常の良かったこと、気分が落ちたこと、やりたいこと、子どもの成長記録、日記のような和歌子さんの頭の中を整理する思考を整理ツールです。
【もっとわくわくすることを】
和歌子さんは、以前実家の母と催していた「にこすま」のようなゆるい会をやりたいという希望を持ち続けています。
「みんなで集まってパン作るとか、おにぎりだけ作って食べよっか~とかだけでも楽しいかったんですよ」
時間さえあれば学童の指導員やこども会などの運営もやりたいし、学校以外の子どもたちの居場所作りにも興味があります。
しかしながら多忙な日々。
「わくわく~っ、これいいな~、ビビ~ッとくる感じが来ないんですよね。最近。」
若かりし日にタスマニアでファームステイしていた時のこと。
出会った人々と不思議な縁で繋がったり、偶然の再会があったり、素敵な出会いにわくわく~っとなった時の高揚感が忘れられないそうです。
何かのきっかけで自分の希望が叶えられていくトントン拍子な感覚。
言語聴覚士という職業に出会ってからすぐに行動した時のように、一軒屋に住みたいなと思っていた時に祖母の家に移り住んだ時のように、これだ!という何かが降ってきて心が動かされ、実行する。
「なんか来ないですね~。停滞中で」
それは、今はその時ではないから。
それは余白がないと降りてこないもの。そう自覚しながらも、仕事もプライベートも和歌子さんを取り巻くすべてのタスクは、すべて大切で削ることができず悩ましいのです。
また今宵も、もやもや手帳にアウトプットし、前向きな解決方法を模索しながら、新たなステージに向かうことでしょう。