Vol.23 喜多 正悟 さん

Vol.23 喜多 正悟 さん

今回のインタビューは、菅合にお住まいの喜多正悟(きたしょうご)さん。

喜多さんは、佐原にある美容室エスポワールで腕を振るう「理容師」兼「美容師」です。「男性限定サロン」の特色ある技術を求めて三重県中からお客様が来られる若きアーティストに、ここ大台町で仕事をする理由や、得意とする技術などについてお聞きしました。

【訪れた転機】

地元の高校を卒業後、喜多さんはお母さまのツテで久居の美容室で働かせてもらうことに。しかし2日で嫌になってしまったそうです。おしゃれに見える「美容室」は決して華やかな世界ではなかったのです。それでも、幼い頃から極真空手やダンスなど、一度始めると「長く続ける」ことが得意だった喜多さん。なんとか勤め続け、美容師と理容師の免許も取得。気付けば3年程経っていました。

空手をする喜多正悟(きたしょうご)さん

そんな中、ふらりと遊びに行った大阪で人生の転機とも言える光景に出会います。街の一角にある床屋のガラス越しに、金ネックレスや刺青まみれの男性が4人ほど並び、理容師が彼らをバリカンで次々と男気あふれる髪形に変えていったのです。「衝撃的でした。この人ら、本当に自分と同じ仕事なんかって。」そのかっこよさに「一目ぼれ」し、食い入るように見つめていた喜多さんは「自分もこれで生きていく」とすぐに行動を起こします。

その店は東京に本社を持つ「MR.BROTHERS CUT CLUB」。今再び注目を集める理髪店の代表格ともいうべき名店で、喜多さんが目を奪われた「フェードカット」を日本に持ち込んだ立役者でした。「今では、講習会やセミナーなどが行われていますが、当時はまだ三重では流行りでもなく、興味を持つ子がいること自体珍しかったかもしれません。」大阪でのカット中に目で見た技術を取り入れたり、バリカンの柔らかいタッチを肌で感じたりしながら、ほぼ独学で「これを三重で広めたい」思いを深めていきます。

【「かっこよさ」を信じて】

これまでの店を辞め、今度は「メンズ専門」として高茶屋の美容室に勤めた喜多さん。閉店後は店に残り、憧れの人たちに教えてもらった職人技を、寝る間も惜しんで練習する日々が始まります。

完全歩合制、フェードスタイルの難しさ、流行しない環境に悩まされ、バイトをしたり、ダンスで投げ銭を募ったりもしたそうです。「あいつの所に行くとみんな角刈りにされるぞ」と敬遠され、「女性も担当したら?」と心配され、20人以上のお客様や友人に本気でお叱りを受けても、自分のスタイルを変えようとは思わなかったといいます。自分が感じた「かっこよさ」は、間違いなく流行ると信じ、悔しさをばねに技術を磨きました。

「友達が遊んだり飲んだりすることにお金を使っている時に、僕は涙流しながら切っとったっすね。」練習用ウィッグは1つ2000円程。普通の美容師さんが10回でも練習ができるそれを、刈り上げてしまうので1回きりしか使えない。最後の美容室を去る時、持って帰った使用済みウィッグは、ゴミ袋20袋分にもなりました。

自信がついてきたのは2、3年たった頃。その間、この髪型にしたラグビー日本代表やラッパーが活躍したことで認知度が上がり、今では芸能人や芸人もこのスタイルを取り入れるようになりました。

エスポワール

お母さまの喜多 千春(きた ちはる)さん

そしてコロナ禍。「フリーランス」として契約した理容店から突然、白紙撤回を告げられてしまいます。高茶屋の店を退職する5日前のことでした。これを機に、お母さまが始められた店舗(1994-)で「男性専門」の美容師として再スタートを切ったのです。

【FADE(フェード)カットのこと】

ポマードとバリカン

喜多さんが得意とする「フェードカット」は、バリカンのみで刈り上げていく髪型です。一般の理髪店でハサミを使う刈り上げの裾が3ミリほど。フェードカットは、皮膚との差がない0ミリからグラデーションを作れるのが特徴です。どの高さまで0ミリにするかで、ハイ、ミドル、ロー、テーパーと種類があり、基準の高さにラインをつけるのですが、「初めての方は、途中経過にギョッとされます。」

フェードカットの実演を喜多正悟さんする

とはいえ、カットの経過も楽しんでもらおうとするのが海外発の文化らしいところ。後に、そのラインが全く見えなくなるほど美しいグラデーションが作られます。

喜多正悟さんのフェードカット

喜多さんは、モデルの側頭部10センチ程を指さして、このグラデーションだけで9段階くらいの長さがあると説明してくれました。職人技を作り出す道具はアメリカ製のクリッパー(バリカン)。日本製バリカンで必要なヘッドの交換やミリ単位の切替えではなく、滑らかな動きのサイドレバーによって、細かな「手の感覚」をカットに反映することができるのだそうです。

フェードカット用バリカン

あるお客様は、「昔は俺の背中を見ろと言われたが、俺は髪型で語る」と言ってくれたとか。「フェードはただの流行じゃなく、カルチャーなんですよ」アメリカの文化や車やバイク好き、タトゥー、バーバー文化など広い世界観のひとつにフェードがあるといいます。スタイリングに使うのも、おじいちゃん世代を超えたおしゃれなポマード。企業とコラボした靴やアクセサリーをお客様が教えてくれることもあるそうです。

バリカン型のアクセサリー

【田舎から、とんがっていく。】

「これからは、自分のスタイルを持っているサロンが生き残っていくと思う」と喜多さん。あれもこれもできますと欲を出さず「特化していくこと」、「何かを武器にして、こだわったお客さんに応えられる技術を持つこと」が大切だと。

大台町に戻ったことを、お客様は「知る人ぞ知る、隠れ家的存在」になったと喜んでくれたそうです。喜多さん、現オーナーであるお母さまに視線を向け、「以前は金持ちになりたいと思っていたけど、『人とのつながりに稼ぎはついてくる』と母が言うのは、本当だと思うようになりました。」

喜多正悟さんとお母さま

喜多さんが店に立つようになってから、人づてやSNSを見た新規のお客様が月に20人~30人いらっしゃることも。津にいた頃のお客様も8割がリピーターとなってくださっているそう。車やバイク好きなお客様が多いので、カットの後、一富士やBOUQUETなど地元の飲食店に行くという流れもできてきました。「少しは地元に貢献できているかな。」とお母さま。

今後は、三重に「FADE」のカルチャーを広めたいと考えているそうです。「僕が伝えていきたいんです。大阪で見て、学んだ技術に、僕なりの深めたところもある。都会から持ってきましたじゃなくて、大台町から広めたい。三重県でやってる人もいますよ。でも全フリしてないんでね。これだけに(心血)そそいでる人、ほぼいないからね。」

喜多正悟さんのフェードカット

美容業界では未だ「ハサミ」が主流。その世界でも「バリカン」を使うフェードカットの技術が普通に1ジャンルとなること、それを講師役となって広めたいと考えているそう。「美容商事さんのセミナールームなんかで、教えるんです。その時の受講者は、いかにもこういうスタイルが好きそうな子じゃなくて。普通に美容師を目指す子たち。」いつか「業界のあたりまえ」を創る老舗になることを目指しているそうです。ファイト!

【取材班のあとがき】

「ちょっとコワモテなカットをするお兄さん」は気さくで負けず嫌いな青年でした。そんな彼を慕って、時々中学生や高校生が遊びに来るというのも納得です。そういえば、と、近くに新しい店舗を建設中であることを明かしてくれました。お母さまが始められた貸店舗での営業を終え、今年にも移る予定だそう。「もうこれで、永住決定ですね」と笑う喜多さん。これからもきっと、幅広い世代の「男前なスタイル」を大台町から発信し続けてくれそうです。

Shogo Kita 美容室Espoir
instagram : Shogo Kita 美容室Espoir

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