今回のインタビューは大井にお住まいの山田 能健(やまだ よしたけ)さん。
山田さんは、地域おこし協力隊として、大台町企画課の「昴学園魅力化プロジェクト」に取り組むため、ここ大台町に移住されてから8年。現在はコーディネーターとして「地域みらい留学365」事業に取り組んでいます。
岐阜県出身。教員免許を持ち、かつて教壇に立っていた山田さんですが、生徒たちには「勉強よりも必要なことがありそうだ、それを教えてあげられたら」と感じていたのだそうです。しかし、新卒で「先生」となった山田さんには、ご自身の経験値が様々なバックグラウンドを持つ生徒達の相談役として十分ではない、というもどかしさがありました。
「もっと世間を知った方がいい。」
と、心に決めた山田さんは様々な仕事を始めます。運送業に勤務したり、縫製関連企業では全国の使われなくなったミシンを集めて修理し、中国やベトナムに輸出したり。バックパックを背負って海外青年協力隊となり、ミクロネシアの高校に配属されたこともありました。
※海外青年協力隊時代の山田さん
その後は「なぜか三重県に縁があって…」 四日市ではコンビナートに出入りし、紀伊長島ではNPO法人に所属して、古民家活用で地域活性化のお手伝いをされたこともあったそうです。履歴書には書かない幾多の仕事も経て、経験値は上がりました。
山田さんは次々と職業を変えながらも、その場で出会った方々と良好な関係性を保たれているのでしょう。大台町への「ご縁」は、紀伊長島時代に出会った漫画家さんが「合うんじゃない?」と教えてくださったそうです。
【「すばる」の「きらら」】
学校に関わる仕事をしたい思いがあった山田さん。大台町の募集要項を見た時、「あ、これやりたいことだ。」と思ったそうです。その仕事が、三重県立昴学園高等学校の「昴学園魅力化プロジェクト(寮生活の充実)」でした。
昴学園は大台町にある県立高等学校です。
県内では小規模校が次々と定員割れする中、三重県では「高等学校活性化協議会」が作られ、「魅力ある学校づくり」は学校の存続と背中合わせの差し迫った課題で、昴も例外ではありませんでした。
そんな、昴学園の一番の特徴は「全国唯一の県立で全寮制の総合学科高等学校である」ということです。近隣から通う生徒も若干いるものの、100名近い生徒が学生寮「きらら」で高校の3年間を過ごします。
山田さんは寮に来て、まず生徒たちの様子を見ることから始めました。すると、週末などには何もしておらず、地域との関わりもない様子。寮にいれば生活に支障はなく、3年過ぎればまた帰っていくのだけれど、「それではなんか寂しいな」と感じたそうです。
【地域とのかかわりを「一緒に」】
「昴の子たちって、関わる大人が先生だけになりがち。他の大人と関わってあいさつやコミュニケーションができるようなことも必要だと思って。」
山田さんは、寮生を連れて、自ら運転するハイエースで面白そうな地域の取組みやイベントに、お手伝いを兼ねて参加するようになりました。寮生たちは、呼びかけに応じて、各々好きな企画に参加できるようになったのです。
熊内(くもち)で朴(ほお)の木団子などを製造・販売するグループ「ばっちゃんず」の収穫作業に行かせてもらったこともあります。「朴の葉を使えるようにするには、なかなか労力がいるんですよ。」朴の木は大きく背が高いので、地元のおじいさんがばっさばっさ枝を払い、生徒はひたすら落ちた枝から葉を取り、ゆでて、水分や汚れをふき取り、サイズごとに束ね、冷凍庫に入れるそうです。「でも生徒たち楽しんでいましたね。活動自体もですが、そこで炊き込みご飯とか、田舎料理を作ってもらって外で食べる、それが嬉しかったりするんですね。」
他にも、大杉谷地域の地域活性化を行う「やったる会」の自然薯掘りに参加させてもらったり、大台町ならではの自然体験や山登りを企画したり。「AWAプロジェクト」の空き家を活用した「お試し住宅づくりワークショップ」に参加した生徒たちは、プロの指導を受けながら、空き家の「解体、蛇口交換、床張り」などをお手伝いし、DIY体験を楽しみました。
道の駅の「わいわい市」などにも、ボランティアで定期的に参加。一年生の時は指示待ちでしか動けなかった生徒たちが、3年生になるころには「もう大丈夫。」自ら動けるようになるのだそう。
山田さんは寮だけでなく、学校の授業にも「社会に関わる魅力的な内容を増やしたい」と考えています。例えば学校が自由に設定できる科目「産業社会と人間」では、人に聞いた話を書き起こす「聞き書き講座」を企画。子どもたちがコミュニケーションのスキルを手に入れることで、生きづらさの解消にも役立ち、将来にも役立てられるよう、地元の名人や経営者など協力者をコーディネートしています。「昴は若い先生たちが多く、生徒にとっていいことなら受け入れられやすいですし、そういう関係性をつくっています。」と山田さん。
生徒たちが、地域での経験や大人との関わりによって、職業観や目に見えない財産を育んでいく。山田さんはその機会をつくることに力を入れ、見守っています。
【「地域みらい留学」へ】
昴学園が「地域みらい留学」として県外から生徒の募集を始めたのは3年前。この春、県外生としては初の卒業生を送り出します。募集当初は3人、次年度に7人、翌年には17人と年々入学者を増やし、今年は倍以上になりそうだとひそかに手ごたえを感じています。
学校はオンラインで、昴の「特徴的な学び」と「寮生活」を伝えてきましたが、視聴者は特に「寮生活」の方に関心があるそうです。なぜなら、全国でも公立で100名以上の寮というのはなく、あっても小規模なところが多いのです。「最初は、何が勉強できるかをPRしたけど、うちは勉強よりも寮生活を押していったら、問い合わせが増えました。田舎に来るにはそれなりの理由があるから。今年は生徒2人が前に出て、リアルな寮生活をプレゼンしたのが良かったかな。」
さらに、自宅から通う生徒も「寮に入った方がいいよね。」と山田さん。同じご飯を食べ、生活を共にし、それなりに苦労もするので、いい経験を積めるそうです。他校ではお昼はお弁当、という寮も多いのですが、寮「きらら」は、大きな食堂で三食温かいご飯が食べられるのも魅力の一つです。
そして、山田さんに教えてもらった寮の大切な存在がもうひとつ。
すばるの寮には、男女6名の舎監(しゃかん)さんと、舎監長が居るそうです。舎監は皆、教員免許を持ち、年齢も20代中心。生徒たちに近い年齢の彼らが、生徒たちの話を聞き、生活全般の面倒を見てくれるのは、保護者にとっても安心ですね。
舎監の勤務時間は生徒たちが寮にいる、夕方17時から次の日の朝9時まで。生徒の悩み相談や人間関係のトラブル、「排水溝にラーメンが捨ててある!」などといったトラブルも日常茶飯事という、大変なお仕事だそうです。でも、卒業生の「退寮パーティ」などを終えると生徒と一緒になって泣いている。濃い付き合いがあるようです。「先生よりお世話になってるもんね。」と山田さん。がんばる舎監さんたちには、目指す教員採用試験に加点してあげる制度があればなぁ、と思うそうです。
山田さん自身は舎監になろうとは思わないのかと尋ねると、「ぼくは、(生徒と)年齢も少し離れているし、外とのつなぎ役の方が合っているかな。」と仰いました。
【里親探し】
昴学園高校を「受験する生徒」は皆「里親」を持たなければいけないそうです。里親は3年間、閉寮日にあたる年間20日程、帰省しない生徒たちの「帰る場所」となり、宿泊や食事の提供をします。その里親探しも山田さんの仕事。
現在「里親」には元役場に勤めていた方々を中心に、約30人もの方々が登録してくださっているそうです。受け入れ態勢がすごい!でも「誰でもいいわけではないし、ご高齢を理由に受け入れを辞める方もいるので」山田さんの年末は新たな里親探しや理解を求めること、マッチングで大忙しになります。
いずれにしても生徒たちには「せっかく遠いところから来るんだから成長して帰って欲しいなぁ。ここでもっと切磋琢磨して成長していって欲しいな。」と願う山田さん。かつて新米先生だった時の想いが徐々に花開き「自分が社会との接点となって勉強以外の学びの場を提供できている」ことが嬉しい。
これからも地域との関わりがどんどん増えていくといいですねと言うと、一瞬の間を置いて「生徒をいいように使わない内容であれば」と言葉を添えられた。生徒たちの活動が自発的なものに育つまで、都合のいい駒にされないよう、穏やかに見守る山田さんの存在感。きっと、生徒や保護者の方にはありがたい存在に違いないと感じました。
【取材班のあとがき】
ふわっとした雰囲気をまとい、ご自分のことはごくごく控えめに話される山田さんですが、生徒たちを受け入れるための里親探しに奔走し、また生徒の地域での活動を全面的に支えるなど、陰に日向に子どもたちを支える行動力は誰にでも真似できることではありませんね。プライベートでは、ゴルフをしたり、マイSUPをお持ちだとか。やっぱりアクティブ!