Vol.21 上瀬 裕美 さん

Vol.21 上瀬 裕美 さん

今回のインタビューは神瀬にお住まいの上瀬裕美(じょうせひろみ)さん。

上瀬さんは「世界でonly oneな町をつくる!」をテーマに活動する「町デザイナー」で、現在は議員の肩書も持つ。そんな彼女に、まちの印象やライフスタイル、デザイナーとしての活動についてお聞きした。

【大台町に住んでみて】

上瀬さんは、高校卒業まで松阪で育ち、京都の大学を卒業後、大手広告代理店に勤務するために東京へ。その後、祖母が暮らした大台町に移住し、大台町役場に勤める。役場産業課に10年間在籍した後、より広い観点からまちづくりに関わりたいと、社会人学生として京都大学大学院で公共政策について学び、現在に至る。

UターンではなくJターン。ここに住むことが必然ではなかった上瀬さんだが、「ある程度歳をとってくると、どこに住むかじゃなくて、誰と過ごすかが大事。」と考えるようになった。都会に疲れたわけではない。今も、京都や東京がとても好きだ。だがこの町は、京都へは1時間半の通勤圏内。東京でも公共交通機関で最短4時間で行ける。それよりも今は「ここにいる仲間が全部一緒に移住してくれるんだったらいいけど、そうでなければ、デュアルライフでいい。」というほど愛すべき仲間が三重県中にいるという。
「ま、いの一番は美味しい酒が飲めるかどうかですよ」

ここは「食べ物が美味しいっていうね。」と続ける。近くの何気ない店にあるものが、市場で買うように特別に美味しい。大台町の周囲に海はないが、紀伊長島や錦など漁港から届く新鮮な魚介も手に入りやすい。「シビ※1がめっちゃ好き」という上瀬さん、山海の幸にめぐまれた地元の食を語る時には目元が緩む。

※1 地域によって呼び名が異なる。ここではマグロの別称

【鶏口牛後の魅力】

そして、もうひとつの魅力として挙げてくれたのが「仕事の成果が身近にある」こと。大企業においてプロジェクトの一担当であることも楽しいが、それは自分の成果というより、会社の成果になってしまうと感じていた。それよりも、もう少し身近な「プチ満足がたくさんある」。ここではひとつひとつの組織が細かいので、「鶏口牛後」のチャレンジがしやすい。大きな組織の下っ端より、小さな組織のトップでいる楽しさ。
「それを実践できるのがローカルの良さなんじゃないかな」

ただ、ここで育つ子どもたちには、逆のことを言うかな、とも。大台町出身だということは意識していて欲しいが「いくらでも勉強して、世界を見て、社会に貢献してきて!」と。

【まちの慣習とこれから】

神瀬の茶畑

住んで困ることはあるかと聞くと、オフィスが危険区域にあるので災害は怖いかな、という。また、来たばかりの人などにとっては、地域のしきたりや神仏に祈る行事などが馴染みにくく、断りづらいのではと案じている。

上瀬さんの家の場合、地域の「お寺の掃除」や「集会」に彼女が参加するが、他の家はみんな親世代(60代~80代)なのだ。ではその娘・息子世代はというと、働いているし、夜勤もあるし、子育てしているから、出てこられない。しきたりもライフスタイルに応じて変わらざるを得ないだろう。

ここも100年も前は厳しかったという昔話があるらしい。「当時はかなり閉鎖的だったそうで。上楠と下楠、新田と栃原はつながっているけど、神瀬は峠で陸の孤島みたいに断絶されていて。嫁いで来た人には、しきたりが多いし、店もないし、姑も怖いし、朝から晩まで農業で。逃げて「ばか曲がり※2」までは行くけど、そこから先は獣道。だからそれ以上行けずに泣いた、という話を聞いたことがあります。今は全くそんなことないし、むしろお嫁さんの方が強かったりするんですけどね(笑)。」

夜、上瀬さんは茶畑の広がる高台にあるオフィスから、俯瞰して見ることがある。今は明かりのついてない家はない。でも確実に減っていることを考えると「慣習を主張している場合ではない」と思う。それが変わっていけないのであれば、必要な変化を少しずつ自分が匂わせていこうと考えている。一緒にお酒でも飲みながら。

※2 熊野古道伊勢路の一部。栃原と神瀬との境界「不動谷」にあり、難所として知られる

【デザイン×「まちづくり」という仕事】

大台町の茶工場にて

「地域をひとつの大きな会社と見立てた時にね、いろんなジャンルの課があって、まだ私の苦手な分野もあるんですけど」と前置きしつつ、上瀬さんはご自身のマーケティングやデザインのスキルが「地元産業の振興」の力になれるということに手ごたえを感じている。地域には優れた可能性を秘めているモノやコトがたくさん存在するが、必ずしも顧客のニーズを満たすものではない。上瀬さんは、彼女の元に「なんとかならんやろか?」と持ち込まれる様々な案件について、まだ見ぬ顧客に届けるために、話を聞き、視点を変え、提案し、解決が必要なものは、プロジェクト化する。また、自らの新しい視点を得ることにも余念がない。

地元の産業を知ること、文化を知ること、勉強会に参加すること。
異分野の話を拝聴すること、外の視点に身を置いてみること。

勉強会にて

今の仕事に、わかりやすい正解はない。「今は自分の意思を通すことが仕事じゃなくて、多くの人の意見を聞く『聴く力』が大切なので、」と指を広げ、「自分のやりたいことをハッキリ言うべきじゃない。10あれば、自分の考えは2くらいで、あと8は聴いて、やりたい方向や、皆さんが望んでいる方向に引き付けていく作業をすべきだと思っている。」という。

これまで様々な仕事をしてきた上瀬さん。「いつも、自分が頑張ってきたというより、思い描いたアイデアを形にしてくれる人が周りにたくさんいて、8割がた人に助けてもらった。」と感じている。だからこそ、「仕事の良し悪しは人とのつながりがどれだけ持てるかで決まる。」と信じる。今日も、これまでの関係はもちろん、今だからこそ繋がるネットワークをたどり、足を運ばないと見えない「息づかい」を求めて、「自ら動く」ことに力を入れている。

人とのつながりを大切にする

【土地柄と人に支えられて】

取材中、年配の男性がひょっこりオフィスをのぞき込んで、「今日はなんや?仕事のてったい(手伝い)しに来てくれたんか?」と言い、上瀬さんと冗談を交わす。「向こうの草刈っといたろか?」「ありがとう!」ご家族かと思うほど自然な会話だったが、地元の方だとか。

「ちょっと上から目線な言い方になりますけど、この町って民度が高いんですよね」上瀬さん、今の仕事を始めた当初はまちの様々な課題を前に「すべての当事者にはなれない」と戸惑った時もあった。ちょっと話を聞きに来いと言われると、プレッシャーを感じながら伺っていたのだが、この町の方々は必ずと言っていいほど最後に「まぁ、無理せんと、あくまでも参考に。」と付け加えてくれるのだとか。新しいことも、ま、一回やってみなと「人の背中を押してくれる土地柄」なのだと受け止めているという。

上瀬 裕美さん

ふいに、開け放したオフィスの窓からホトトギスの声が聞こえ、隣の塀の上をニジイロトカゲが横切った。
上瀬さん、お茶を一口飲んでつぶやく。

「だから、なんかスゲー楽しいなと思って。」

町役場に勤務していた時も、相談に来る方のお話を聞くのが大好きだった。ソーシャルディスタンスなどという言葉が出回る前のこと。カウンター越しに聞かずに、必ず隣に行って同じ方向を見て話を聞くように心がけていたという。今もその心は変わらないが、幅広いジャンルの課題を聞かせてもらえるようになったことが嬉しい。

プライベートでは、釣りやスケボーなど仕事の合間に気軽にできるものを楽しむ。釣りのきっかけは役場の先輩たち。「鮎釣りの季節になるとみんなが口々に『川行こうや』って言いだして。宮川の人がみんなする文化なんかなって。でもやってて良かったと思う。」毎年「天ケ瀬鮎釣り大会」にも参加して、知り合いも増えた。プライベートのゆるやかなつながりに助けられることも少なくない。

宮川での鮎釣り

【OH!ODAI DESIGN】

上瀬さんは「まちを便利でおしゃれにする」という思いを乗せて、ロゴマークをデザインした。文字は大台町を囲む山々や清流宮川の色に似た淡いエメラルドグリーンとシンプルな黒で描かれている。ステッカーとして購入することもできるこのロゴは、プロジェクトに関わってくれる仲間や身に着けた人が「自分もまちをデザインしている当事者だ」とアピールすることができるものを目指した。

上瀬さんは、まちづくりの意思決定に「住むひとの様子がそのまま反映されれば一番良い」と考えている。性別や年齢も多様な人材がまちに関わることで、担い手不足の解消になるだけでなく、町の課題や社会の変化に柔軟な対応ができるようになるだろう。だが現状、例えば「女性や子育てや介護をしている人」などが関わりにくいのはなぜか。

今、上瀬さんは自らの実践をもって、関わりにくさのハードルを超える方法や、見えにくい仕組みを「見える化」しようと試みを始めている。SNSなどでの情報発信もそのひとつ。「町デザイン」は関係性のデザインでもあるようだ。

「(新しい担い手にとって自分の活動を)バロメーターにしてもらえたらいいかな」

OH! ODAI DESIGN

【取材班のあとがき】

夏至が近づく蒸し暑い日、上瀬さんに会いに行った。山あいに降った雨が止むと、水蒸気が深緑の山肌を一気に駆け上がっていく。二番茶を刈り取る前のよく茂った茶畑が見渡せる小高い場所に、彼女のオフィスがある。オフィスと言っても簡素なもので、入口から、やかんや釣り道具や洗濯カゴのような生活感あふれるモノたちがにぎやかに出迎えてくれた。彼女は裸足にサンダルでやってきて取材班に背もたれのある椅子をすすめ、ご自分は3本足のスチール椅子に腰かけた。お顔を見ると、頬にすり傷が。聞けば、夜にスケボーに乗っていて、転倒したのだとか。気をつけなきゃいけませんね。夜は乗らないことにします。なんて、真面目な顔でおっしゃるが、ユニークなキャラクターが隠し切れない。真剣さと楽しさが共存するまちへ、彼女と仲間たちの動きが今後も楽しみだ。

上瀬 裕美さん

 

上瀬 ひろみ
instagram:hiromi_hjdesign | Facebook:hiromi.jose

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