Vol.14 井上 択実 さん

Vol.14 井上 択実 さん

今回のインタビューは、新田にお住まいの印章彫刻師井上択実(いのうえたくみ)さんです。

【理想の暮らしを求めて大台町へ】

井上さんは、一年ほど前に、和歌山県新宮市から大台町へご家族で移住してきました。

大台町への移住を決めた経緯についてお聞きしてみると、「工房のような作業スペースと、小さくても畑のある家で暮らしたいという話を、よく奥さんとしていました。そろそろ思い切って探してみようと思い、実家の近くから少しずつ範囲を広げて見て回りました。実家が海の近くだったこともあり、水害の不安がなく、自分たちが安心して暮らせる理想に近い場所を探していたら、たまたま今暮らす新田に辿り着いたという感じです。」と仰っていました。

新田は、大台町の入口に近い場所。保育園、病院、郵便局、スーパーなど、暮らしに必要なものが揃う地域なので、住むところさえうまく見つかれば、比較的便利な場所です。

井上さんは、はじめから空き家を購入することを考えて物件を探していました。長い期間空き家になっていると、手入れが必要になるので、多少の修理費用が掛かることは覚悟していましたが、運よく大きな手入れの要らない空き家に巡り合えたのもよかったそうです。

【代々続く印章彫刻師のこと】

井上さんは、中学から大学まで卓球で進学し、就職して卓球のインストラクターまで務めた経験をお持ちです。働き始めてから実家に戻った時に、三代続く家業の「印章彫刻」に対して興味を持ちはじめたのがこの道に入るきっかけになったのだとか。

そして、三代目のお父様の後を継ぐ者がいなければ、大正十年から続く家業が、そこで終わってしまうということを非常に残念に思い、四代目を継ぐことを決心したそうです。

井上択実さんが彫刻した印章

【印章彫刻師としてこれから】

印章彫刻の仕事を始めてみるとすぐに、子どもの頃から好きだった手を動かす創作の世界に没頭していき、気づけば今年で十年目になるのだとか。

しかし、近頃は、ペーパーレスや書類の電子化推進の波がきて、日常から印鑑を使う機会が減ってきています。今まで通り文字のみの印鑑を続けるだけでは、今後やっていくのが厳しいと感じているそうです。

今までにも、印鑑が機械化されるなどの厳しい状況はありましたが、近年の印鑑自体が不要になっていく動きを受け、井上さんは、文字だけでなく模様の入ったオリジナル印鑑や、細かな模様を彫った判子の制作を始めました。印章職人ならではの、小さな世界で勝負していくということは大切に、次の世代にも受け入れられるものを提案していきたいと考えているそうです。

井上択実さんの作品

また、印鑑が本業と仰っていましたが、印鑑以外にも、尾鷲檜を使った組子細工を作ることもあるそうで、アトリエには直線で出来た美しい模様の鍋敷やフレーム、ランタンなどの作品が並んでいました。

井上さんのつくった野菜

【自然との触れ合いでとるバランス】

制作している時は、時間が止まったように集中していて、周囲から孤立した時間を刻んでいるように感じると言う井上さんですが、オフの時間には、畑の作物や身近な自然に触れることを大切にしています。

「水の流れや植物が風に揺れるリズムは、本来の時間の流れ。制作に集中するあまり、止まってしまった時間を、元に戻してくれる気がして癒されます。」と仰っていて、土に触れることだけでなく、ただ庭の雑草を眺めているだけでも、本来の時間の流れに引き戻してくれるのだとか。この時間が、仕事をオフにするためには欠かせないものになっているようです。

井上択実さん

【YouTubeの活動】

井上さんは、ご自身のYouTubeチャンネル「INOUE匠のYouTubeチャンネル」に、興味がある職人を訪ねてインタビューしたり、伝統工芸を学ぶ旅の記録を動画で10分程にまとめてアップしています。

「良い職人は、ものづくりを突き詰めていくことで自分磨きもしていて、その結果良いものが作れるんじゃないかと思う。最終的には、人間。」と仰っていて、インタビューを通して様々な職人と話すうちに、それぞれものづくりと向き合う中で、その人生や考え方が、作品に鏡となって現れてくるのだと感じているそうです。

伝統工芸師をはじめとした職人へのインタビューや、伝統工芸についての学びを深めることは、井上さんの中にある「自分は、どんな職人になっていくのか」についての答えを探す活動なのかもしれません。四代目として受け取ったバトンを大切に、この先もずっと印鑑を作り続けていくために、「お客様に、この人に印鑑を頼みたいと思っていただける職人になりたい。」と仰っていました。


<YouTubeチャンネル>
INOUE匠のYouTubeチャンネル

INOUE匠のYouTubeチャンネル

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