Vol.49 細川 哲幹さん、景子さん夫妻

Vol.49 細川 哲幹さん、景子さん夫妻

今回のインタビューは、江馬にお住まいでイタリア料理店を営む細川 哲幹(ほそかわ あきよし)さん、景子(けいこ)さん夫妻です。
週に一度は江馬の店舗がオープンしますが、主にはキッチンカーでイベント出店やケータリングをされています。移住されて13年。家族の状況や社会情勢も変化し、当初の移住仲間も去っていく中、ここに留まり続けるのには理由がありました。

【移住先は宮川小学校に通える所へ】

「給食で決めたの。宮小の学区域に引っ越す。子どもをここの給食で育てるって」
朗らかに笑いながらも強い意志を感じる母の言葉。
住む場所を移すには各々に事情がありますが、東京で暮らしていた細川家にも様々な理由がありました。
イタリアンの飲食店を経営していたものの田舎へ移住願望が強かった哲幹さん。フルタイムで会社勤めは充実の反面、心身共にリフレッシュが必要だった景子さん。幼い子どもたち。子育て環境として合わないと感じていた土地。同居していた哲幹さんの祖父は血圧が高く、温かい地域で生活させてあげたい。
東京近郊から探し始めた移住先候補は、哲幹さんの母が住んでいて馴染みのあった三重県まで広がり、海が好きな二人はまず志摩や熊野など海沿いを調べました。
しかしピンとこず、良い物件にも巡り合えずにいた時、
「宮川小学校っていう校舎が素敵な学校があるって聞いて」

宮川小学校

アポなしで訪れたにも関わらず、教頭先生(現校長)が親切に案内してくれたと言います。
「その時給食がめちゃくちゃ良さげに見えて。できるだけ地元のものを使ってるし、米中心でパン食ほとんどないし」
当時、長男が通っていた小学校の給食は、うどんとデニッシュパンのようなカロリー摂取重視で栄養バランスが取れていないことが多く、この給食を6年間食べさせるのかと景子さんには憤るほどの抵抗感がありました。
「よその給食は見てないから知らないけど(笑)あの建物と給食を見ておぉ!と思ったの」
事実、子どもたちは給食が大好きになりモリモリとよく食べたので、彼らが欠席すると給食が余ると先生から言われたことも。
そして、「ご縁だねぇ」と哲幹さんが呟くように、細川家はこの土地に導かれていきます。
小学校訪問の後に立ち寄った近所の「ひだまり」さんは、店主のお人柄で客同士も仲良くお喋りしてしまうアットホームなカフェ。
「いろいろ話してたら隣に座ってた人が良い物件あるよって(笑)」
子どもたちの生活を考えて、次の4月から新生活が始められるよう段取りが進みました。

【移住して13年】

細川家の3人の子どもたち。小2だった長男は、進学のため町を離れ、保育園年中だった長女は高校生に。移住後に授かった次男は6年生に成長しました。
「概ね私は良い所に来たと思ってる」
即答する景子さん。
移り住んだ江馬地区は旧宮川村の中心。小規模ながら役場、郵便局、診療所、保育園、小中高校、スーパーなど便利な所で、人も良い距離感で付き合いやすく心地良いそう。
地域起こし協力隊でやってきた人たちや、かつての子どもたちの同級生だった移住者家族たちがどんどん引き上げていってもここに残った細川家。

江馬地区

「当初別にここに永住するとかいう心積もりもあんまりなくって…いつ引っ越してもいいしっていう気持ちだったけど、今となっては子どもたちが巣立った後、ちゃんと帰って来れる場所を作っといてあげたい」
子どもたちにとってはここが実家であることに気づいたのだと言います。
「どんどん都会に出ていけばいいけど、何か疲れたりつまずいたりした時に、何も考えずにさ、衣食住はあるよっていう場所を用意しといてあげたいなって」
「自分の子ども達もそうだし、都会でちょっとやってけなくなった若い子達が来たいなっていう時の受け皿になれたらな」
2人は既に子育て後の未来を見つめ、今住んでいる大きな古い家を活用していくビジョンも持っています。

【田舎の子育てで一番苦労すること】

「送迎地獄だね(笑)。習い事とか言い始めると。田舎あるあるだと思うけど」
長男のテニスクラブ通いについて振り返って苦笑する哲幹さん。
練習場所がその時々で変わるクラブだったため、車で1時間程度の送迎が必須。土日は親は仕事でどこかのイベントやマーケットに出店するため、どこか最寄りの駅で降ろして自力で練習場所まで辿り着かせるしかありませんでした。そのため早くからスマホを持たせ、その日の練習場所までの行き方、時刻表を調べさせ、という生活。
「本当にやる気があったんだろうね。2、3時間待つの平気だったもんね」
バスや電車の本数が少なく乗り継ぎも大変。それでも子どもはやりたい事なら頑張れる。
親はそれを応援するのみです。
「まあこれは大変だったけど、その分子どもは強くなるから」と父。
「何でもそうだよね。デメリットってそれをどう受け止め、子どもにどう受け止めさせるかでさ…。それをメリットに変えていく力をつけないとデメリットのない世界なんてないじゃん」と母。
どこに住んでいても壁にぶち当たった時に乗り越える力は必要で、細川家の子ども達の逞しさはそんな両親のマインドに培われているのでしょう。

【il Vivoの変遷】

大台町に引っ越してきた時、哲幹さんは最初、林業に就きました。それまで経験したことのない実際に山へ入って木を伐り倒す現場作業。やがて仕事中に、怪我を負ってしまいます。
「入院中、暇だったもんだから薪窯の設計図描いてたんだよね」
退院して療養中にDIYで作り始め、軽トラの荷台に搭載。テント出店する移動販売スタイルの始まりでした。
しかし、やはり山仕事は向かないのか、ほどなくしてまた怪我で入院。
「で、今度はキッチンカーの設計図描いてた(笑)」
奥伊勢の有機野菜を始め、伊勢・鳥羽・南紀の海の恵みなどを使ったご当地ピザを看板メニューに「イタリア料理 il Vivo」再始動でした。

細川 哲幹(ほそかわ あきよし)さん

主に三重県内を北は伊賀地方から南は熊野まで出向いて焼き立てピザを提供し続け、すっかりキッチンカーのピザ屋さんとして定着しました。
他にもケータリングやパスタソースなど加工品の委託販売をしたり、コロナ禍で出店先のイベントが軒並みキャンセルとなった期間も、クラウドファンディングでお鍋と水と火があればできるオールインパスタを開発するなど、その時できることを地道に続けています。

【未来に残したいもの】

そんな中、3度目の怪我により再び入院してしまいます。
頭は元気なのでまた色々と考えた哲幹さん。
常に心にあったのは農業の未来。
子ども達のふるさととして残したい里山。
「このままじゃお米やばいなって思ってて」と、米農家でアルバイトをしながら米作のスキルを身に着けようと奮闘していたところでした。
荒れていく田畑を守るため、「誰かがやらなきゃいけない仕事だから」

美しい田園風景

放っておけば荒れていく美しい田園風景。
「自然に還るのは全然いいんだけど、太陽光とか風力発電とかになるのは違うと思って。簡単に手を掛けないで畑とか果樹とかできないかなって調べてて」
病院のベッドで色々調べものをしたり妄想したことを現実に結び付けるべく、退院後、早速苗木を注文しました。実をつけるまで数年かかることを承知で桃やイチジク、アーモンドなどを植えて実験を始めたのです。
山、田畑、川、海。守りたいものはたくさんあるし、一度にたくさん採れる旬の野菜や果物、ブラックバスや猪、鹿など、なんとか活用したい食材も盛りだくさんです。

【居酒屋 il Vivo】

細川さんには、オーガニックな農作物を育てる農家さんやマーケットで一緒になる飲食店の方々を始めたくさんの仲間がいます。
退院して落ち着いた頃、そんな仲間たちと何ができるか、実現するには色々あるけどこうできたらいいなという妄想やアイデアを吐き出し合う飲み会を催しました。
そして感じたのは、「やっぱ居酒屋の雰囲気っていいな」でした。
折しもイベントへ出店することに疑問を感じていた哲幹さん。
コロナ禍を経て最近はマーケットもキッチンカーも飽和状態で出店枠の取り合いになったり、素材や味で勝負するil Vivoとは異なる価値観の店主たちも多くいます。
「生活費や養育費はいるけど、お金稼ぎたいわけじゃないなって。一生懸命営業して売るものって売る必要あるのか?って」
そこで思いついたのが、移動居酒屋という形態でした。
集まって話をする場所は大事だけれど、過疎が進み飲食店が近所からなくなっていく。
なかなか外で飲む機会がないのは細川さんの住まいの近くでも同じです。
昔は食堂もスナックも映画館まであった江馬地区ですが、今では徒歩で飲みに行ける場所はありません。
「そんな所いっぱいあるだろうな」
需要はありそうだ。だったら自分たちのキッチンカーで行けばいいじゃないかと。
一方、近所のたこ焼き屋さんのご厚意でイートインスペースのある店舗を夜使わせてもらえることに。日にちを決めてまずは地元の居酒屋としてやってみようという試みも始めました。
久しぶりに賑わう江馬の夜です。

細川 哲幹(ほそかわ あきよし)さん、景子(けいこ)さん夫妻

【やりたいこといっぱいあるんだよね~】

「子どもが巣立ってお金稼がなくてよくなったらやりたいこといーっぱいあるんだよねー!」
豪快に笑い飛ばす景子さんは、実はil Vivoの仕事は出店時の接客がメインで、普段はオーガニックスキンケアアイテムを扱う会社の一員として働いています。通販の在庫管理、配送業務、経理まで多岐に渡って業務をこなしながらも、哲幹さん同様、やりたいことは溢れています。
水泳が趣味でスキューバダイビングのインストラクターの経験もありますが、残念ながら今は年中泳げるプールが近くにないため、なかなか泳げていません。
本を読むのも好き。裁縫も好き。しかしながら、読みたい本はどんどん積まれていくし、最近ヤフオクで落としたミシンはまだ一度も使えておらず、なかなか趣味に割く時間がありません。
手作り化粧品も好きで、アロマの資格もありエッセンシャルオイルなどを使っていた時もあるそうですが、今はもっぱらよもぎクリームだそう。
「最近はよもぎとかその辺で摘んできたやつで作るので充分!」と身の周りの恵みを楽しんでいます。
また、これも妄想段階だけどと語ってくれたのは、コミュニティや仲間作りと関連している疲れた親たちの居場所づくり。
「最近ADHDの子とか多いじゃない?多すぎるなって。お母さん方が大変じゃん。子どもみてくれるとこはいっぱいあるけど、親がめっちゃ毒吐いたりできるようなところがさ、ないように見えて」
子どもたちはもちろんですが、ケアが必要なのはオトナの方じゃないのかと景子さんは考えています。
景子さん自身も仕事が好きで実は子どもが苦手。子育ても周囲に助けられながらここまで来ました。
「なんか将来的にそういう場所作りをしたいなって。ボロボロに疲れたお父さんとかお母さんがだらっとさ、言いたいこと言える場所」
サークルでも居酒屋でもどういう形態にするかさえ分からないけど、とにかく全て受け止めて気持ちが楽になれる所を作りたいそうです。
将来、夫婦2人で暮らすには大きすぎる自宅を、人生を休憩したい若者を受け入れる施設として活用したいと話してくれた時と同様の思い。
「そうだよね、そうだよねって100パーセント受け止める。そういう場所作りがしたい。
『~する場所』『~ねばならない』じゃなくて、ガス抜きしたり、昼寝でも他の人の話を聞くだけとか、思い思いにくつろいで休憩できる所ができたらいいなと思う」

2人のキャパシティを超えて次々と出てくるやりたいこと、考えなければならないこと。
どれも年々落ちる体力と相談しながらの長期計画ですが、もはやこれが趣味とも言える忙しい毎日を楽しんでいます。

細川 哲幹(ほそかわ あきよし)さん、景子(けいこ)さん夫妻

il Vivo
HP : https://ilvivocappa.stores.jp/
instagram : il_vivo_cappa 
住所 : 三重県多気郡大台町江馬148-1 
Tel : 0598-89-4187 
営業時間や出店場所等はホームページやインスタグラムでご確認ください。

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