今回のインタビューは佐原(さわら)でジビエを使った多国籍料理店「スイスイ」を営む神田 友美(かんだ ともみ)さんです。
田んぼの水面を軽やかに動き回るアメンボのようにスイスイっとお店に入ってきてほしいという思いから名付けられた店名。
友美さん自身の人生もその時その時の気持ちに正直に、悩みながらも軽やかに流れています。
【田舎で暮らすという選択肢】
大阪で生まれ育った友美さん。田舎暮らしに憧れがあったのか問うと、
「全くなかったです。発想がなかったです。都会を満喫してたので(笑)」とあっさり。
しかし、当時お付き合いされていた現在の夫、靖英さん(「おおだいびと」Vol.7で紹介) は既に移住を決意しており、奈良県の自然農を教えてくれる所へ通ったり、狩猟免許を取ったり、着々と準備を進めていました。
看護師や保健師としてバリバリと医療業界で働いてきた友美さんは、何の疑いもなく、これからも大阪で暮らしていくつもりでした。相方の決断に驚きはしたものの「あ、それも楽しそうやな」と抵抗なく受け入れたそうです。
靖英さんと出会ったことにより、人生の選択肢が増え、そして臆することなくその流れに乗りました。
【大台暮らしの始まり】
2018年の秋、ポジティブなお二人は行けばなんとかなる!と仕事を決めずに大台町へ移住します。
当時の役場産業課の担当者の方や現在も住んでいる地区の区長さんなどが温かく世話を焼いてくれ、友美さんはほどなく宮川地区のリゾートホテル「奥伊勢フォレストピア」で働き始めます。
「温泉、従業員は入り放題なんですよ!」と素敵な福利厚生を享受しつつ、楽しく働き、地元の人脈も広がっていきました。
靖英さんも登山センターに勤め始め、生活を整えていく中で、二人には広すぎる家の空き部屋を使って民泊を始めるなど、やりたいことにどんどん挑戦していきました。
元々旅行好きで海外へよく足を運んでいたため、
「こういうとこ(特別観光地化されていない田舎)へ外国の方は来たいやろなって分かってたので…」と目論見通り、お客様の半分は海外からの方。
コロナ禍と自身の妊娠・出産により休業するまで順調に続きました。

【スイスイができるまで】
やがて赤ちゃんが生まれ、すくすく育ち、そろそろ何か自分のやりたいことを、と動き始めたのは飲食の仕事でした。
友美さんは子供の頃から料理が大好き。
「新聞のレシピコーナー見るのがすごい好きで…。それをチョキチョキ切って作りたいものを集めて」とスクラップし、家族のためによく料理をしていました。
スクラップブックに加え、電子レンジに付いていたレシピ集、そしてたまたま親戚からもらったお菓子の本。
「その本がめっちゃイケてるっていうか映える本でめっちゃおいしそうで…」
幼い日の友美さんはそのお菓子に胸をときめかせ、片っ端から作っていきました。
大人になってからは、海外旅行で出会ったその土地で美味しかったものを帰国後に再現してみたり、自分好みのさじ加減でアレンジしてみたり。大阪ではスパイスや異国の食材を入手しやすかったのも大きいといいます。

「あと私、めっちゃ飲みに行ってて(笑)飲食業の友達も多くて」
天下の台所では様々なジャンル、多国籍な食文化に触れる機会は存分にありました。
そして時は流れ、静かな山に囲まれた大台町。
かつては色々あった飲食店は人口減少、高齢化と共に消えていき、大阪では近所にあるのが当たり前だったうどんやカツ丼が食べられる食堂や町中華など気軽な店がほとんどありません。
ある日友美さんは「マクドに行くために仕事上がりに松阪まで(車で一時間かけて)行く」という話に衝撃を受けます。
「もっと近くで美味しいものが食べられたらなぁ。もっと行きたい!って思えるお店があったら…」と考えるようになりました。
その気持ちは膨らみ、空き店舗バンクを見ていた時、コレ!という物件に出会います。
町内の中心地、佐原地区。三瀬谷駅から役場やスーパー、道の駅が集まる地域への抜ける道沿いのかつて婦人服のお店だった建物でした。
飲食業が始められるようにコツコツと設備を整え、外壁は明るい緑色に塗装、窓には万国旗。
2025年6月、ついに「スイスイ」がオープンしました。

【ククリのジビエ】
折しもこの開業準備の間、夫の靖英さんも事業を立ち上げていました。
ジビエ処理加工施設を整備し、自ら縄猟で生け捕った鹿やイノシシを解体、精肉にして販売するジビエ店「qukuri(ククリ)」です。
友美さんはここでしか味わえないものとして、夫が調達してくるジビエをメインメニューに据え、大台町に来たらこれを食べようと思ってもらえる名物になればと考えました。
できる仕事としたい仕事は違う。
作りたいものと売れるものは違う。
色んな葛藤はありながらもスイスイのメニューは自分が好きな物で、町内の既存店にはないジャンル。
「うちでしか食べられんもんを出そうと思ったんです」
今までの友美さんが出会ってきた韓国、台湾、メキシコ料理を自分流にアレンジしたもの。ハーブやスパイスが効いた異国の風を感じるごはんです。

鹿肉のスパイスカレーやキンパ、ビビンバ、ルーロー飯など日替わりで数種類を提供。また、ただお客様を待つだけでなく、故郷大阪や伊勢ファーマーズマーケットなどへも出店し、ジビエを食べたことのない都市部の客層へもアプローチしています。
「(ジビエが)美味しいから美味しいのを知ってもらいたいし、食べてもらえると美味しさを分かってもらえる」
どんどん活動したいところですが、保育園に通う我が子のために基本的には平日4日間のランチ時間のみ営業。イベント出店はどうしても週末になるため、子育てとの兼ね合いが悩み所です。
客層を広げるため、または個人的希望により、週末営業や夜の居酒屋営業なども試しながら模索しています。

【田舎の子育て】
大阪への帰省時と比較すると大台町の生活環境では圧倒的に「あぶないよ!」という回数が少ないそうです。
道路が狭い下町では車も自転車も引っ切り無し。小さな子供の安全確保が難しいですが、田舎では人が少ない分パーソナルスペースが広々とし、子供が家の周りで一人で遊んでいても神経質にならずに済みます。
「夏とか保育園から帰ってきてから川へ遊びに行ったり…。小さい頃に自然と触れ合えるってええなって思いますね。蜂の種類も怖い蜂と大丈夫な蜂と見分けられるし…(笑)」

のびのびとした環境に満足しながらもデメリットについては、「圧倒的に病院ですね」と即答。病院が少ない、距離が遠いという現実。
「大阪にいると例えば皮膚科やったらここ(A病院)とここ(B病院)とここ(C病院)があってここに行ってみよ。ここがあかんかったらこっちへ行こかってなるけど、それがやっぱりない…」
選択肢の無さ、辿り着くのに時間がかかることに不便を感じています。
しかしながら、都会っ子の友美さんに他に不自由なことがないか尋ねてもこれ以上出てきませんでした。それもそのはず。友美さんのご両親はもっともっと田舎のご出身だったのです。父の実家はポツンと5軒家ほどの集落で車で1時間ほど山を下りないとよろずや(スーパー未満の規模のお店)に行けないほど。母の実家は移動販売のトラックしかないような場所でした。
現在友美さんが住むエリアからは、大きなスーパーやJRの駅まで車で約15分。
「全然住める!思てたより田舎じゃなかった」と笑います。
「田舎」の基準は結局、自分軸で決められているのです。
【自分の時間】
日々、お店の仕事や家事、育児に忙しい友美さんですが、子供が寝た後に、必ず自分の時間を確保しています。
「Netflixとか海外ドラマ観たりもします。韓国ドラマにはまった時があって…。みんなが観てる恋愛キュンキュンドラマじゃなくて警察のどろっどろの汚職事件のやつとかがめっちゃおもしろくて(笑)」
エンターテイメントを楽しむ一方、昔から手仕事が好きで、チクチクと地道に刺繍したり、ズボン、下着、かばんなどを作ったりもするそうです。

また、大阪時代からの夫婦共通の趣味であるボルダリングも再開したいという思いも。
友美さんはかつて常連だったバーの隣にあったボルダリングジムに通い、実際に奈良県の自然の岩へも登りに行っていたそうです。

宮川地区の奥の地域にもボルダリング愛好家たちが集まる岩登りスポットが何か所かあるそうですが、自然の岩を登るためには、まずジムで筋力と岩を掴む手指の皮膚など色々育ててからでないとトライできないそう。
靖英さんは山に入った時にボルダリングに適した岩を見つけて楽しんだりしているようですが、ブランクのある友美さんが岩肌を登るのはまだ先になりそうです。
【こどもと未来】
ここでできること、やりたいことをゆるやかに一歩ずつ実現している神田家。
子供にはどんな風に育って欲しいか考えた時に思うことは、「大海を知って欲しい」だそうです。
「戻ってくるのは良いと思うんですけど、一回は外へ出て、色んなものを見て、こんなに自分と違う世界があるんだよって」
世の中を感じて体験してほしいという友美さん。
現在、保育園の同級生は7人。小学校、中学校とずっと同じ顔触れで育つことになります。
家族より強い絆が生まれるであろう一方、新しい友達の作り方も知らないまま思春期を迎えることになるかもしれないと心配しています。
「高校生になってからですよね。それこそ学校の選択肢が限られてるのが気がかりかな」
このまま田舎で暮らし続けるのではなく、一度は外の世界を見て来てほしい。
都会だろうが田舎だろうが、新しい学校だろうが、職場だろうが、知らない所へ飛び込んで行って、自分の力で自分にとって居心地の良いスペースを作っていってほしい。
それは幸せに生きる力が備わってほしいという母の願いです。
今5歳の娘さんはクラスの中でもしっかり者。
自分の娘もお友達もみんなどんな大人になって行くのでしょう。
それぞれが逞しく、生き生きと育って欲しい。
親たちだけでなく、周りのみんながその成長を見守ってくれています。
