
今回のインタビューは下真手(しもまて)にお住まいの山﨑 恵介(やまさき けいすけ)さんです。
山﨑さんは三重県立昴学園高等学校で数学を教える傍ら、2023年より学校設定科目となった「大台探究」も担当されており、生徒たちの興味、意欲に合わせてサポートしながらその成長を見守っています。
【すべてはご縁で】
大台町より車で約1時間。伊勢市と松阪市の間に位置し、日本遺産「祈る皇女斎王のみやこ 斎宮」のあるまち明和町。山﨑さんはそこで生まれ育ちました。
小学校の時の担任だった先生に憧れて教師を志し、後に偶然にもその先生の夫が山﨑さんの高校時代の数学を担当。特別数学が得意だった訳ではありませんでしたが、苦手な子に寄り添ってくれる姿勢に影響を受け、数学の先生になろうと決めたそうです。
そしてその恩師である数学の先生は、現昴学園高等学校校長、共に働く立場になったと聞けば、何とも不思議な「ご縁」です。
「ご縁ていうのは色んな所に繫がるって意識持っとるとやっぱ繋がってくんやなって」
山﨑さんご自身の経験からたくさん実感されています。
「無駄な出逢いはないって思ってるんで」
昴学園への赴任は実は2回目。7年前に一度、昴学園の教壇に立ち、田舎暮らしを経験されています。その時知り合ったというのが地元のサッカーチーム宮川キッカーズの監督さん。この出逢いも山﨑さんの幼馴染と監督さんの職場が同じだったからこそ。子どもの頃からずっとサッカーを続けてきた山﨑さんはそこで紹介されたそうです。
ほぼボランティアで子どもたちにスポーツだけでなく、人として大事な礼儀、マナーを教えている姿に感銘を受け、
「今の時代にこんな場をずっと作り続けてらっしゃってこういうことやられとる人達おるんやな~って。こういう集まり貴重やなって」
のびのびサッカーする子どもたち、それをサポートする保護者のみなさん、みんながあったかくて良い町という印象が山﨑さんに刻まれます。
転勤してもお正月の初蹴りには毎年参加し、関係を保ち続けていました。そして、再び昴学園へ戻ってきた時、住む家に巡り合えたのもこの繋がりのおかげでした。
山﨑さんが大切にしている人との出会い、繋がりが山﨑さん自身の人生をゆるりと動かしていきます。
【Viva 空き家】
ご結婚されて家族ができ、マイホームは建てるものだと思い込んでいた山﨑さん。しかし、再び大台町で暮らすことになったのは広い平屋の一軒家。
「こんな一軒家にこんな金額で住めるんやったら、今までアパートに暮らしとったあのお金なんやったんやろ」と笑います。
空き家に住むという選択肢がなかった山﨑さんにとって価値観をひっくり返した空き家との出会い。
「いろんな人に言ってるんです。生徒らにも言うし、アパート1Kとかに5万とかやったら一軒家に住んだ方がよくない?って」
広い居住スペース、庭、畑、豊かな自然とあったかい地域の人々。
もちろん家は古くて良いことづくめではありませんが、そこは本人たちの価値観次第。
山﨑さんにとっては、最高に充実した生活の場を手に入れました。
【息づく結の文化】
今、山﨑さんが出勤前と帰宅後に必ず行っていることは野良仕事です。
広い一軒家についてきた畑で玉ねぎ、にんにく、生姜など常備したいものから、きゅうり、おくら、トマト、かぼちゃ、スイカなどの季節の野菜。10年以上採れると聞いてアスパラガスにも挑戦中です。
有機種子を取り寄せたり、発酵堆肥を自作したり、きゅうりひとつでも少し変わった品種を育ててみたりとこだわりを持って野良仕事に精を出しています。
売るほど収穫できますが、これらは家族の安心で新鮮な食事のためであり、周りのお世話になっている方々に日々の感謝を込めてお配りするもの。
「日本に古来からある『結』という文化。それに近いと思ってて。」
現代では田植えも稲刈りも機械で行い、農作業で助け合うことはほとんどないが、家庭菜園で作った野菜は、ご近所からたくさん頂くし、お返しにこちらからもお渡しする。
まだ4歳の娘さんも、お父さんが畑作業に夢中で遊んでもらうのに待ちくたびれた時は、近所のおばあちゃんの家へ一人で歩いていき、その家のワンちゃんの散歩に付き合い、なかなか帰ってこないそうです。
小さな子どもの少ない地域。周りの大先輩たちが温かく見守ってくれています。
野菜のやりとりや子守りなど、それを気兼ねなく普通に行う気遣い合い、助け合う文化が根付いています。
【生きる力をつける「探究」という学問】
今、昴学園高校で力を入れているのが「探究」です。
高校では2022年度より「総合的な探究の時間」という科目が必須科目に加わり、生徒たちが自分でテーマを設定し、調べ、考え、まとめる学習活動が行われています。
総合学科の昴学園では2年次より「国際交流系列」「総合スポーツ系列」「美術工芸系列」「生活福祉系列」「環境技術系列」の5コースに分かれて自らの学びたい分野に進みます。
この系列の内、「国際交流系列」が令和8年度より探究活動に特化した系列「地域探究系列」にリニューアルされるそうです。
自分なりの答えを導くためにはたくさんの力が必要です。書籍を読み込んだり、成果を文章で表現するための国語力、フィールドワークやグループワークに必要なコミュニケーション力、成果をまとめるための論理的思考力、またはアンケートなどで集めたデータを分析するための数学力、テーマによっては理科、社会など様々な科目、そして発表用のスライド作成に画像や動画編集の情報処理能力など様々な能力が交錯します。
系列のリニューアルに先駆けて設定された「大台探究」に、山﨑さんは自ら手を挙げてこの授業を受け持つことになり、より「探究」の面白さにのめり込んでいきました。
【人生探究なんで】
「先生は教えない。先生は子どもらと一緒に面白がって子どもらが興味あることをやっていく。ゲームとか自分らが好きなことは教えやんでもやってくやないですか」
上からでなく子どもと同じ目線に立って、
「それどうやって知ったん?とか、それこそもう『探究』なんですよね」
と熱く語ります。
過去には野球部の生徒が、「耐久性・持久性のより高い木製バット」をテーマに探究していく過程で、バットの材料のひとつであるメイプル(カエデ科の木)にカナダ産が多い理由として気候(地理)や生育条件(生物)が関係していることや、プロ野球選手が軽いバットを使う理由に運動エネルギー(物理)が関係していることを学んでいきました。まさしく、各々の興味のあることに取り組んで自然と力を付けているようです。
「今の子どもらは失敗した時とか、うまくいかなかった時に、そこでネガティブになって考えるのをやめてしまうというか…。『探究』っていうフィルターを通して学び方さえ分かったら、人生探究なんで!これうまくいかなかったらこうすりゃええやんとか、生き方につながるかなってすごく思ってて」
地域探究の目標は、良い進学先や良い就職先も大切ですが、その先の人生においてどんな方法でも生きていけることを目指しているそうです。
とは言え、生徒たちの保護者にとって進学先や就職先は気になるところで、実際に「探究」を重視する入試も増加傾向にあります。
新しい系列で学んだことが、その子の人生にとって役立つものであったと証明するためにも、山﨑さんは実績作りも大事だと考えています。
【ペーパーテストで測れないもの】
「探究」の授業をする上で苦労していることを尋ねると、
「困ってること挙げたらキリないっすね」と苦笑い。
「だって教科書もないですし…。正解がどこにもないんで…。矛盾するかもしれないですけど、数学って絶対答えある教科教えながら、正反対のことをしているわけで…」と楽しそうです。
また、テストで何点と明確に数値が出るわけではないので評価も難しいそうで、
「まずは授業の最初にこの探究を通してどういう力をつけてほしいか伝えるんですよ。そして、学期末にそれを子どもたちが自己評価して、先生と対話しながら、修正していく、子ども達の納得の表情がすべてかなと思います」
「探究」で目標とする、疑う力、調べる力、試みる力、結ぶ力、伝える力が自分に身についたのか、自身で振り返り、文章と言葉でアウトプットします。
1学期は厳しめの評価がつくそうですが、それは生徒も納得の評価。
1回の授業でわかるわけじゃないし、変われるわけでもない。でも1年を通して見てみると発表用の資料に誤字の多かった子がきちんとした原稿を作ってきたり、上手に話せなかった子が堂々と大人の前で話せるようになったり、それは目に見える形でも見えない形でも、失敗したことから学んだそれぞれの成長が明らかに感じられるそうです。
「子ども達は伸びしろしかないんで」
愛のある評価なのです。
【未来の子どもたちのために】
今、山﨑さんの目は、既に次世代に向いています。
「なんかもう満ち足りたというか、結婚して、子どもも生まれて、なんか自分本位の損得っていう考えは超越してきたっていうか」
「探究」を通した子どもたちの成長をより多くの人に知ってもらい、教育制度そのものに影響を与えていけたらと考えています。
「日本ならではのスタイルの教育を作りたい。現場でこんな学びをすると子どもらはこんな成長するんだよっていうのを実践して、これを地道に続けていくことで色々興味持ってもらって、大きなものが変わってくといいなって思いますね」
海外の教育の二番煎じではない日本独自の教育。
現場の一教師としての活動から広がる世界。
「『探究』ってこんなええ方法、誰でもできることやし、先生が無理して教えやんでいいんで。子どもらが自由にやってくんで、先生らはただおもろいねってやってるだけでええのに…。みんな難しいとか、やり方わからへんとか…。やってみたらええと思うんですよね」
それで失敗したら、では次どうしようかという切り替えを大切に。
失敗させない風潮からチャレンジと試行錯誤へ。
それは「探究」の過程で起きることであるものの、何より人生においても大切なもの。
生徒たちに逞しく生き抜く力がつくように。
山﨑先生自身の「探究」もまだまだこれからです。