Vol.59 柴田 みゆき さん

Vol.59 柴田 みゆき さん

今回紹介するのは、大台町粟生(あお)でカフェ「恋するしっぽ。」を営む柴田(しばた) みゆきさんです。三重県内で海から山への移住を決め、熊野古道伊勢路沿いの古民家で南国風のカフェを始めた理由とは。

【海で育ち芽生えた、山への憧れ】

柴田さんは、屋上テラスから伊勢湾が見える漁師の家庭に生まれました。
素敵な場所で生まれ育ったんだろうな…という想像とは裏腹に、台風時の海の怖さが、トラウマのように記憶に刻まれていると話します。
東日本大震災の際には、毎日、防災行政無線で津波警報が鳴り響いていました。「海岸から離れて」とアナウンスされても、帰宅するには海岸へ向かわなければいけないというジレンマ。
災害が起きても大きな被害を受けにくい町で、いつか暮らしたい。そんな思いを長年抱いてきたそうです。

料理が得意な柴田さんは、飲食業などを経て腕を磨いてきました。
ある職場では、同僚たちが昼休みにコンビニ弁当を食べているなか、手作りの弁当を持参していた柴田さん。それを見て、「私にも作ってほしい!」という声が上がり、多い時には5人分を用意していたこともあったそうです。

職場の雰囲気が良くなかったとき、料理長に「楽しい職場にしたい!」と直談判し、改善につながったことも。
当時の和気あいあいとした様子が映る動画とともに、そんなエピソードを聞かせてくれました。

カフェ「恋するしっぽ。」の店内

【平和への意識と沖縄との出会い】

人が困っていると、黙っていられない性格の柴田さん。
「幼い頃、今は亡き父親から戦争の話を多く聞かされて育ちました。
B-29が来たときのこと、戦争に行った叔父の話、叔父が亡くなったときのおばあさんの様子…。『戦争はなぜいけないのか』とずっと聞かされていたから、争いごとはできるだけ避けたいけれど、言いたいことは言うんです」
親に初めて買ってもらった本は「サダコと千羽鶴」。町内会の旅行で広島の原爆ドームを訪れ、戦争への理解をさらに深めていきました。

大人になり、平和について語り継いでくれたお父様が亡くなった後、実家を片づけていたときに発見したのが、沖縄で戦死した享年26歳の叔父様の遺書でした。
恋人の写真の裏に書かれた、「戦争に行きたくない」「こんな戦争で死ぬのは嫌」と、殴り書きのような文字で始まる手紙。
「平和祈念公園にある平和の礎(いしじ)に名前が刻まれているんやで、誰も見たことがないけれど」
お父様から聞いていた、叔父様が遺した手紙を目にし、柴田さんは涙があふれて止まらなくなったといいます。

「私がのほほんと過ごしていた26歳という若さで、血のつながった叔父が沖縄で戦死していた。特攻隊だったのか、陸軍か海軍かも分わからない。誰も見たことのない平和の礎に行くのは、手紙を見つけてしまった私しかいない」
その強い衝動に突き動かされ、柴田さんは沖縄へ行くことを決めました。

【人を癒す沖縄に魅せられて】

ちょうどその頃、更年期うつの症状も出ており、友人からは「沖縄に行くと治るで」と言われていたそうです。
「沖縄の青い空は人の心を癒すと聞いていましたが、沖縄に初めて降り立った瞬間、本当に癒されて魅了されました。ここに住みたいと思ったけれど、それはできないから、家を沖縄風にしようと、自宅の中を南国のように飾り付けました。お店みたいだとよく言われます(笑)」
見せてもらった写真には、現在彼女が営んでいる「恋するしっぽ。」と同じような、南国を思わせる素敵なお部屋が写っていました。

「沖縄の空は人も癒すけれど、時々悲しい顔もする。戦争で亡くなった人たちの悲しみを抱えた島。
私だけかもしれませんが、沖縄に行くと、心が自然に還るんです。素に戻るというか。
本州にも沖縄料理店はあるけれど、沖縄のそのままの空気を体感できるような場所を作りたいと思いました。
このお店は、実在する沖縄の有名なソーキ蕎麦屋さんをモチーフにしています。
靴を脱いで上がるんですが、行ったときにすごく楽しくて、そこの感覚を再現している」

柴田さんが作る「恋するしっぽ。」は、玄関を開けると流れる沖縄の音楽を聞きながら、靴を脱いで入っていくその瞬間から、沖縄に上陸したかのようなワクワク感が広がります。
冬でもぽかぽかと温かく、誰もが自然と笑顔になる空間。
柴田さんはこれまでに4~5回沖縄に滞在し、穴場にも足を運びながら、研究を重ねてきました。

カフェ「恋するしっぽ。」の店内

【南国コンセプトのお店を経営】

大台町でカフェを開く前、柴田さんは伊勢で南国コンセプトのカラオケバーを営んでいました。
「家賃は今の5倍でしたが、客層が広く、入れ替わり立ち代わりでお客さんが来てくれました。
女の人でも通えるお店にしたくて、仕事帰りに気軽に立ち寄れたり、カップルが『ママのお店なら安心』と彼氏に言ってもらえるようなお店を目指していました。
でも、更年期障害が始まり、体がしんどくて立っていられなくなりました。スタッフに任せて座っていたら、『あの人は占い師?』と言われて笑いました(笑)」
繁盛していた伊勢のお店は、現在、店名をそのままに友人に引き継がれ、約10年が経過しました。

その後、松阪市でカフェを開く計画も進みましたが、「一等地だったので、高い家賃を払い続けても自分のものにならないし、いつ出ていけと言われるかわからない。色々な問題が出てきて断念した次の日に、大台町が決まったんですよ」
大台町に良い物件が見つかったから松阪のお店を辞めてこちらに来たのかと思いきや、ここから柴田さんの運命は急展開します。

カフェ「恋するしっぽ。」の店内

【とんとん拍子に進んだ大台町への移住】

きっかけは、以前から購入していた、大台町産の無農薬のお茶でした。
松阪での計画が白紙になった翌日、お茶を仕入れに大台町のお茶屋さんを訪れた際、ある家が目に止まります。
「あのきれいなお家には誰が住んでいるの?」
「誰も住んでないよ」
「売ってるかな?」とお茶屋さんに相談すると、すぐに話が進み、とんとん拍子で話がまとまりました。

周りからは「本が書ける」と言われるほど波乱万丈な人生を歩んできた柴田さん。
だからこそ、「落ち着ける場所」を求めていたといいます。

大台町に引っ越したのは、全て調査し、地盤が強く、津波の心配もなく、山崩れの危険も少ない。それに加えて緑に囲まれた頑丈な家。
いずれ現在の古民家カフェから、こちらへ移転することも最初から想定して、営業を開始したそうです。

【こだわりのコンセプトでカフェを営む理由】

柴田さんが「恋するしっぽ。」を開業した理由の一つは「終活」です。
体が弱くて、いつ何があってもおかしくないと、10年前に書いたエンディングノートの最初のページが、まさに現在のカフェのスタイルでした。

そして、もう一つの大きな理由が、子どもたちに母親の姿を見せること。
「夢を叶えて、落ち着いた姿を見せたかった。5年ほど構想を練って、今のお店を作り上げました。
子どもたちは、『お母さんは頑張ってる』と思ってくれていると思います」
柴田さんの人生のエンディングノートには、まだまだ続きがあります。

カフェ「恋するしっぽ。」の店内

【塩を使わない?DNAが感じる本当のおいしさ】

柴田さんには、全国各地にカフェ経営を応援してくれる友人が多くいます。
沖縄、四国、青森などから、ご当地のこだわり食材が届きます。

料理には、塩を使わないという柴田さん。
「恋するしっぽ。」に何度も通い、ほとんどのメニューを食べてきた筆者は、「塩を使わずに、こんなにおいしいのはなぜ?」と驚いてしまいました。
「体に良いものは高い。でも、高いものはおいしい。
体に良いものは、絶対においしいという概念が私の中にあります。
安いものでも舌はごまかせるけれど、本当に体に良いものは、人間のDNAが『おいしい』と感じるんです」

柴田さんが作る料理の基本は、出汁。
「魚系の出汁は好き嫌いが分かれるので使いません。アミノ酸やグルタミン酸が多く、どの料理にもオールマイティーで合う昆布だけで出汁を取っています。
漁師の娘なので、伊勢湾で獲れた良い昆布が手に入るんです。このこだわりは、あまり書いていないんですが(笑)」と、柴田さんは話します。
「お鍋の女子会があって、昆布を引いて出汁を取ったら、『こんな鍋初めて食べた、すごくおいしい』と言ってくれました。
お総菜も全て手作りしています。姉が野菜を作っているので、その自家栽培の野菜を使うか、道の駅で売っている地元産の野菜を使う。
近所に、毎年200本くらいゴーヤをくれるおじさんがいます。ゴーヤはチャンプルーだけでなく、天ぷらにしたり漬物にしたり、様々なアレンジができておいしいんですよ」
手間暇を惜しまずに、原価が高くなってしまっても、体に良いもの=おいしいものにこだわる柴田さん。
話を聞いているだけで、味わってみたくなりませんか?

カフェ「恋するしっぽ。」のお料理

【田舎のお店同士で交流】

ご近所さんも「恋するしっぽ。」をよく利用しているそう。
移住者の人も、大台町にずっと住んでいる人もみんな温かいと、柴田さんは言います。

本ブログサイト「おおだいびと」VOL.24で紹介した西岡 智生(にしおか ともたか)さんが営む大台町長ケ(なが)の「カラオケ喫茶ともちゃんの店」に行ったとき、柴田さんは顔にほくろを付けて、石川さゆりになりきり、客席へ握手をしながら歌ったそうです。
遊びに来ていたお客様たちがすごく笑って、「この面白い姉ちゃんどこの人や」と喜んだそうです。西岡さんご夫妻が、「恋するしっぽ。」の宣伝をしてくれて、「ともちゃんの店」の常連さんも来てくれるそう。
大台町にある限られた数のお店同士の交流を大切にして、お客様を紹介し合い、相乗効果を生んでいます。
地域住民にとっても、娯楽の場や憩いの場が広がり、田舎暮らしや生活がより楽しくなりそうですね。

【地域活性化と終活の最終章】

さて、柴田さんが次のステップとする新しいカフェの場所も現在のお店を営業しながら、どんどん改装が進んでいます。
お店の裏には緑に囲まれた広いスペースがあり、レモン、ゆず、みかん、ブルーベリー、柿、キウイ、梅など、メニューに活用される多種多様な木が植えられています。
シカはやってきますが、シカのフンが良い肥料になって、無農薬でおいしい果物が採れるといいます。
裏庭のスペースに、これから瓦チップを敷く予定だとか。
「もののけ姫やアリエッティの世界が大好きで、本当は南国に加えて、緑いっぱいの木々のカフェがしたいと思っていました。今の店の中にも観葉植物をもっと置きたかったけれど、火事があったら怖いですからね」
次の場所では、最後の夢が叶えられる。既に、新店で出そうとしているメニューについても具体的に教えてくださいましたが、読者の皆さんにはまだ内緒にしておきましょう。
大台町の特産品をふんだんに使った、ここでしか食べられないフードとスイーツ。引き続き「癒し」をテーマに、南国モチーフの中に緑が加わり…。新店の名前も決まっているそうです。

カフェ「恋するしっぽ。」の外観

「恋するしっぽ。」は熊野古道伊勢路沿いで、外国人旅行者もたくさん歩いています。過去には、ドイツやイギリス、フランス、中国などの人がカフェに立ち寄りました。スマホの翻訳機を使って会話し、食事やドリンクを楽しんでくれたそうです。

お店のネーミングから、ドッグカフェだと勘違いしてワンちゃんを連れてくるお客様もいるようです。
今の店舗では犬は上がれないけれど、次の新しいお店では、気兼ねなくワンちゃん連れも来てもらえるテラスを作りたいと柴田さんは意気込みます。

「大台町は、災害が少なく、平和な町で住みやすい。朝の雲海、夜の星空、自然が創り出すそのままの景色が美しい。
この景色の中で、ヒグラシの声を聞きながらコーヒーが飲めたら最高です。
今の古民家カフェは、序章にすぎません。私の人生の最終章となる、大台町の自然の良さを活かした地域活性化に貢献できるようなカフェの完成をお楽しみに!」

エンディングノートに書いた夢を実現する場所として、人生最期の永住地として選んだこの町。
前向きに終活と向き合いながら生きるその姿は、周囲の人々をもやさしく包み込み、町の未来までもを明るく照らしていきます。

「恋するしっぽ。」
instagram : 大台カフェ 恋するしっぽ。 
住所 : 三重県多気郡大台町粟生612-3
営業日、営業時間はinstagramでご確認ください。
お電話でのご予約は 090-6095-6531 まで。

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