Vol.58 矢川 はなの さん

Vol.58 矢川 はなの さん

今回紹介するのは、大台町天ケ瀬(あまがせ)に生まれ、結婚後Uターンし、上菅(かみすが)の自宅でベーグル屋さん「はなもぐベーグル」をオープンした矢川(やがわ)はなのさんです。4人の子育てをしながら、作業療法士として子どもたちと関わる仕事も両立。“やりたいこと”を全て実現してきたはなのさんが育まれた大台町での暮らしと、夢に向かって一直線に疾走したこれまでの努力の物語を聞かせていただきましょう。

【自然いっぱいの旧宮川村でのびのびと成長】

旧宮川村天ケ瀬で、5人兄弟の真ん中に誕生したはなのさん。当時あった第四保育園に通い、途中から現在の宮川保育園が新しく建ったそうです。また、荻原小学校1年生の時に小学校が統合され、2年生からは宮川小学校に通うようになりました。
「宮川村から新しい大台町に切り替わるタイミングだったので、学校も色々な施設で経験させてもらいました」とはなのさん。幼い頃の遊びは、山に通っている水路「ゆで」に沿って歩いたり、泥団子を作ってピカピカに育てたり。大台町の大自然をフィールドに、のびのびと成長されました。
「ドッジボールで遊んだり、学習発表会で役をしたり、運動会でダンスをしたり。今、私の子が『保育園に行きたくない』と言っている様子を母が見て、『あんたらは一回も行きたくないって言ったことない』と。保育園も小中学校も心から満喫していました」。

大台町ならではの体験や授業を聞いてみました。
「小学生の時は川学習があり、川の奥のほうに行って溺れかけてしまい、校長先生に助けてもらったこともありました。鮎つかみをして、塩焼きにする前の串刺しの仕方を教えてもらったり」。
また、はなのさんが楽しかった授業の一つが、小学校高学年の時の、地域の人が講師となる選択制のプログラム。クロスステッチや、壁掛けの絵の創作をセレクトし、半年かけて教わったそうです。学校の先生以外に、地域の人と交流できたこと、かわいい作品ができたことが印象に残っていると思い出してくれました。

はなもぐベーグル

【Uターン子育ての良さ】

大杉谷自然学校の先生たちが学校に来てくれたり、大杉谷へ体験しに行ったりも。
「夏休みに5泊くらいするキャンプも楽しかった。ドラム缶の五右衛門風呂、寝袋で寝ること、朝ごはん作りと、初めて体験することばかりでした。大杉谷自然学校の先生たちはみんな優しくて面白かった。何をしても認めてくれて、良いところを伸ばして。その時の職員さんに、今も息子がお世話になっていてとても嬉しいです。
長男が小学校に上がり、私が小学校時代大好きだった恩師とも再会できて、親子二代でお世話になれたことも、この上なく幸せでした」。
自分が生まれ育った土地で子育てをすると、必然のように訪れる懐かしい出会いに胸が熱くなると、これまでの取材でもよく耳にしてきました。Uターン子育てには、多くのメリットがあります。

【結束力の強さは旧宮川村出身者の特徴】

旧宮川村は、宮川小学校に隣り合う宮川中学校へ同じメンバーでエスカレーター形式で進みます。はなのさんの同級生は29人。現在は、役場や消防署、宮川森林組合など、6~7人は地元で働いているものの、他の同級生はみんな進学や就職で地元を出て行ったっきり、町外で暮らしているといいます。
それでも毎年、年末年始とお盆の休みには、地元の居酒屋にみんなで集まって近況報告をするのが恒例行事になっているのだとか。
これは、はなのさんの同級生が特別仲が良いからというわけではなく、ほとんどの学年で行われていることだと、老若男女、旧宮川村出身の方から聞きます。
人数が少なく、幼い頃からの環境がなせる結束が強さ。
「同級生みんなが幼馴染。どこで会っても昔のまま話せます。今となっては貴重な存在」と、はなのさんは笑顔を見せました。

三瀬谷駅

【バレーボールと高校生活】

小学校時代に地域のバレーボールクラブに所属したはなのさんは、中学でもバレー部に。
「バレー部の顧問の先生“おかティー”が熱心で、毎週試合に行っていました。松阪や多気へスクールバスで1時間。小さい頃からこの移動時間に慣れているから、遠くないんですよね。行き帰りのバスの道中が一番楽しかった」。
自分たちの代よりも、先輩の姿の方が印象に残っているというはなのさん。「先輩たちはキラキラ輝いて見えました」。人を応援すること、人の喜びを自分のこと以上に思える優しさ、柔らかい口調と温かい人柄に、話を聞く筆者は終始癒されっぱなしです。

高校は、バレーボールをするために松阪市久保町の三重高校に進学。自宅から三瀬谷駅まで家族に送迎してもらい、JRに乗って最寄り駅へ。降りた駅の駐輪場に預けている自転車で高校まで通うのが大台町、旧宮川村民のスタンダードです。
はなのさんは朝5時台に起きて、6時半までに出発。始発の場合はその1時間前。お弁当を用意し、はなのさんを起こし、駅までの約20分間の車で送迎。このルーティンが、毎日のお母さんの仕事でした。
三瀬谷駅で見送られ、7時前に乗車し、1時間強JRに揺られます。
バレー部員は、朝の掃除があるので、徳和駅に到着してから自転車で猛ダッシュ。雨の日はカッパを着る手間もあり、さらに大変だったそうです。

そして帰りには、JR組だけ5~10分部活を早く抜け、「車の人ごめんなさい」という勢いで自転車を漕いで、駅に到着するや否や飛び乗って帰っていました。
「『8時電』と呼んでいて、20時過ぎに三瀬谷駅に到着し、帰りもお母さんに車で迎えに来てもらっていました。『ただいま!今日のご飯何?』がお決まり。帰ってご飯を食べてお風呂に入るともう夜中。朝はもちろん起きられなくて、怒られながら準備していました。どうやって生活してたんだろうと思う」と、目まぐるしい日々を振り返ります。
「すごく鍛えられた。エネルギーがあったなと思う。私たちは良かったけど、上にも下にも高校生がいて、ずっとご飯を作って送り迎えをしてという生活をしてくれたお母さんには感謝しかないです」。
高校時代は、他の思い出がないくらいにバレーボール一色だったというはなのさん。土日や長期休みも遠征ばかりで、県外に泊まることも多かったそうです。家族の支えがあって、“やりたいこと”に全力投球できたのですね。矢川(やがわ)はなのさん

※はなのさん高校生当時の写真

【子どもに関わる仕事がしたい】

進路を決める時は、とても悩んだといいます。
地元で保育士をしていたお母さんから、「子どもってこんなに面白いんだよ」と幼い頃から聞かされていました。はなのさんは、尊敬するお母さんのように、子どもに関する仕事をしたい、また、一番下の弟さんが発達障害で、そんな子の支えになるようなことがしたいと、しっくり来る職業を探しました。
そんな時、4歳上のお姉さんが通っていた岐阜県の専門学校に、小児分野の作業療法士もあると教えてくれて、「これだ!」と確信。

お姉さんと入れ替わりで3年学び、初めての一人暮らしを経験しました。
料理にも初挑戦したはなのさん。天津飯を作ろうとしましたが、あんのとろみの付け方がわからず、片栗粉がダマダマになったこともありました。
お母さんに電話して、「どうやって作ってたん?」と聞き教えてもらい、「料理が出てくることってすごい!」と改めて感謝の気持ちでいっぱいになったそうです。

「学校の勉強に関しては、モチベーションがあったので諦めることはありませんでしたが、何百個とある骨を全て覚えたり、実習で違う土地の病院へ通ったり、目が回るほどでした」。
駆け抜けるような日々を過ごし、国家試験を受けて、作業療法士の夢を叶えました。

矢川(やがわ)はなのさん

【地元に戻り、小児分野の作業療法士になるために】

はなのさんは、就職で三重県にUターンすると決めていました。子どもに関する職場で、かつ安定した公務員が第一希望。
作業療法士は、求人のうち高齢者が60%、次いでスポーツ分野などの成人、小児に関しては0.5%程度しか出ていません。やりたいことは最初から決まっているのに、枠がなくて最後まで就職が決まらない。諦めきれなかったはなのさんは、求人が出ていない病院にも、片っ端から電話をしました。そこでたどり着いたのが、三重県立子ども心身発達医療センター小児整形外科の前身である草の実リハビリテーションセンターでした。

「何十軒と電話で問い合わせていたから、県立だと思わなかったんです。試験を受けたら数学や社会問題など一般常識が出てくるし、面接に行くとスーツのおじさんがいっぱいいるし。病院やのに白衣じゃないの?とおろおろしながら受けたことを覚えています。採用の連絡が来て、県庁に呼ばれ、知事が挨拶していました。『あれ?県の職員になったのかな?噓でしょ?』とその場ではまだ半信半疑。

仕事が始まり、鈴鹿の消防学校に研修に行ったとき、大台町出身の幼馴染の仲の良かった男子がいて、『おまえ県職になったん?』と聞かれて、そこでやっと確信に変わりました。社会人ほやほや、世間知らずでした(笑)」。
ぶれない軸を持ちながらも、お茶目でおっとりした人柄も、はなのさんの魅力です。

県立の病院での業務は忙しく、機械的に作業をこなしていくしかなかったといいます。こんなことがやりたかったのかな?もっと患者さんに寄り添いたいと、もやもやした思いを抱いていました。
「忙しかった分、数々の症例や、様々な背景のある方と出会えて勉強になりました」。
今のはなのさんがあるのは、公務員時代の経験があるからこそなのでしょう。

【結婚と出産を機に地元大台町へUターン】

はなのさんは、当時の職場の看護師さんから紹介を受けて愛知県に住んでいたご主人と出会い、25歳で結婚しました。寿退職し、新生活をスタート。
子どもを授かり、新居を考える際、はなのさんは生まれ育った大好きな大台町で子育てがしたい、家を建てるなら津波の心配のない里山がいいと、ご主人の同意も得て大台町に戻ることを決めました。

大台町大井のカネミツ建築の現在の代表、小掠吉洋さんは、はなのさんのお母さんの教え子です。はなのさんが高校の頃によく家に遊びに来ていて、「結婚したら家を建ててあげるからね」と話していたそうです。それが実現し、理想の家が完成しました。そして、第一子が半年の時に愛知県からUターンし、家族での新しい生活が始まりました。

ちなみに、ご主人の仕事は愛知県でも大台町でもできること。都会から田舎へ移住する際に一番に考えるのは仕事です。地域を選ばずにできる仕事もあれば、林業や農業、水産業など、担い手不足の分野に挑戦することも選択肢の一つです。

はなもぐベーグル

【田舎でも、やりたい仕事を実現する】

第一子出産後、はなのさんはリトミックとベビーマッサージの資格を取得しました。2025年12月現在、7歳、4歳、2歳の双子という4人の子育てをされています。

「できれば大台町で仕事がしたかったけれど、大台厚生病院には小児科がありません。就職活動し、伊勢市にある児童発達支援センターで働きました。二人目が生まれて、その後にできた双子が決定打。1時間以上の通勤距離では、我が子に何かあったとき駆け付けることができないし、一緒にいる時間をもっと大切にしたいと、退職しました。
家でできる仕事と考えたときに、ベーグルが好きだったので思い切って開業しました。」

大好きな我が子を第一優先に。児童発達支援の仕事もできる範囲でと模索していたところ、多方面から声がかかりました。
月曜日は高齢者施設へのリハビリ、火曜日は紀北町の児童発達支援センター、水曜日と木曜日は自宅でベーグル、金曜日は大台町の放課後等デイサービス「カナエタ」で児童発達支援。
「私の性格に合っている働き方に行きつきました。刺激をもらいながら楽しんでやっています」。
やりがいと使命感、喜びに満ちたはなのさんの表情はとても晴れやかです。

はなもぐベーグル

【ベーグルにハマったきっかけ】

パンが好きだというはなのさん。
妊娠中は体重制限があり、好きなだけパンを食べることはNG。パンの中でもベーグルは、小麦と水を主原料とし、油分が少ないため低脂肪で、噛み応えがあって満腹感が得やすい特徴があり、妊婦さんでも比較的安心です。
しかし、大台町にはベーグル専門店はありません。三重県内でも数えるほど。
そこではなのさんは、通販サイトやインスタグラムで調べて、全国のベーグルを取り寄せました。ベーグルは、はなのさんの妊娠生活に彩りを与えました。

育休中には、キャロットケーキやパウンドケーキ作りにハマり、その延長線上で「ベーグルも自分で作れるんじゃないかな?」とレシピサイトを調べて作ってみると、おいしく焼くことができて嬉しかったそうです。
「もっと私好みに、柔らかくてもっちりしたベーグルを作りたい!」と、はなのさんのベーグル研究が始まりました。

「通販で取り寄せたベーグルを食べていると、子どもも食べたがるので、『固いよ』と言って小さくちぎってあげると、想像と違ったようでやっぱり食べないんです。それが悲しくて、一緒に食べられたらいいなと思いました」。
ベーグル屋さんをオープンした今も、全国各地のベーグルを検索して取り寄せ、「人気の店にはワケがある」と研究を続けています。
子どもでもお年寄りでも食べられるようなベーグルを目指し、ほぼ独学で理想のベーグルを確立しました。

矢川(やがわ)はなのさん

【ベーグル屋さんのオープン】

実ははなのさん、人気グループ「嵐」のメンバー、二宮和也さんの大ファン。
「ベーグル屋さんになろうと決めたのが、2025年6月15日。ニノの誕生日が6月17日。この日に開業すると決めて、保健所に行きました」。
はなのさん、行動が早いですね!
オープン日ははなのさん自身の誕生日の次の日と決めて、9月11日にめでたく店開き。
お店のオープンは月2回です。自宅の玄関に机を置き、季節の食材を使った多種多様なベーグルが所狭しと並びます。
オープン初日。町内外のたくさんの人が訪れ、たっぷり用意したベーグルが即時完売してしまいました。

事前告知はInstagramと、上菅と下菅の区長さんに頼んで回覧板に入れてもらったことぐらい。「お客さん来るかな?と思っていたけれど、嬉しい誤算でした」と、驚きを隠せなかったはなのさん。
「ベーグル屋さんがオープンするらしい」という噂は筆者の耳にも届いていて、オープン日の開店1時間後に足を運ぶも既に完売。
その日に初めてはなのさんに会い、「おおだいびと」の取材を申し込み、いつか必ず買いに行くと誓ったものです。
口コミの広がり方は、田舎ならではかもしれませんね。

現在は、Instagramで告知し、数量限定でベーグル詰め合わせの通信販売にもチャレンジしています。毎回抽選になるほどの人気ぶり。
「しかし、子どもたちの夜泣きに対応し、失敗してしまうこともあるそうです。
期待に応えられるようできる範囲で続けていきたいと、はなのさんは話します。

【今後の目標と、Uターンだから分かる大台町での暮らし】

さて、これからどんな風に仕事を続けていきたいか聞いてみました。
「今のままのペースでやっていきたい。ベーグル屋さんは、地域の人の楽しみになるような場所でありたいです。オープンして間もないので遠くの人も来てくれるけど、落ち着いてきたら、近所のおばあちゃんたちが散歩がてら買いに来てくれるようなお店にしていきたい」。
そして、児童発達支援においては、「医療は、『ここが苦手だから頑張りましょう』と、悪いところ探しなんですよね。対子どももそうですが、対保護者様含めなので、お母さんと子どものことをどれだけ共有できるか。良いところを共有して、子どもをどれだけ認めてあげられるかを大事にしていきたい。難しいけれど、その信念は曲げずにいきます」と、まっすぐに前を見つめました。
子どもたちの成長につれ、仕事のスタイルは変わってくるでしょう。それでも、はなのさんの確固たる思いは一貫していくに違いありません。

「子育てをするなら絶対に地元だと思っていました。外に出たからこそ、改めて大台町の子育て環境がどれだけ素晴らしいのかを分かっています。
外に行けば、必ず土に触れる。街であれば、ほとんどがコンクリートで、わざわざ出かけないと土に触れることはできません。それが大事だと分かっていても、車に乗って出かけていくのは親としては一苦労。大台町なら、行かなくてもそこにあります。保育園も地域性を活かしてくれていて、どんぐりを拾えるとか、そんな小さなことが当たり前です」。

最後に、はなのさんから田舎暮らしを考えている人へのメッセージです。
「足りないものに目を向けると、全然足りないのが田舎です。病院も買い物も。でも、そうじゃなくて、あるものに目を向ける。ここにあるものを大切にしよう、この環境でしっかり生きていこうと、目の前のあらゆる環境と向き合っていけるのが大台町の良さです」。

大台町に生まれ、温かい家族に囲まれ、大自然の中でのびのびと育ってきたはなのさん。やりたいことを決めてその夢を全力で追い求め、いま、大好きだと胸を張って言える環境で充実した日々を送っています。
自分で切り開いた迷いのない人生こそが、豊かさそのものではないでしょうか。

はなもぐベーグル
instagram : はなもぐベーグル 
住所 : 三重県多気郡大台町上菅209-1
営業日 : 毎月第2・第4木曜日
営業時間 : 10:00~売り切れ次第終了

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