今回紹介するのは、23年前に大台町滝広(たきひろ)に一家で移住した川竹 美奈(かわたけ みな)さんです。ヨガインストラクター、介護福祉士、セラピストなど複数の仕事をこなすパワフルな女性。見知らぬ土地での子育てに奮闘し、「大台町が大好き」と多くの友人に囲まれ笑顔で暮らす美奈さんは、どうやって人とのつながりを作ってきたのでしょうか。輝く50代を迎え、これからが楽しみと幸せオーラを振りまく彼女の生き方を覗いてみました。
【大台町へ移住したきっかけは地元のダム建設】
美奈さんは伊賀市の出身です。20代で夫・光(ひかる)さんに出会い、結婚が決まった頃、川上ダム建設のため一家での移住を余儀なくされます。当時、数ヶ所の候補地から光さんの父・守(まもる)さんが選んだのが大台町滝広でした。多彩であり自然が好きな守さん。広い田畑があり、敷地から川も山も見えること、そして何より地盤がしっかりしていて災害にも強いエリアであることが、この場所に決めた理由でした。
【周囲の山々を見渡す広大な面積の田畑】
家族のために無農薬で米や野菜を作っていた守さんですが、米作りは獣害により一昨年に辞めてしまったそうです。「オーナー制度などを設けてみんなで作っていくのもいいな」と美奈さんは夢を語ります。この日は料理が好きという高校生の次女・くるみさんも加わり、守さんが手がける無農薬野菜の収穫という日常に筆者も立ち会いました。聞いたこともないような珍しい野菜がたくさんあります。今日はどんなメニューに挑戦するのでしょうか。
【4人の子育てに奔走】
さて、美奈さんは4人の子供たちの母です。川遊びをしたり、植物や生き物と触れ合ったり、守さんの農作業を手伝ったりと遊びは尽きることなく、大台町ではのびのびと子育てできた、最高の環境だと美奈さんは話します。そして、楽しみながら自然の中で遊びを身につけていくことは、災害時のリスクに備えることにもなるとのこと。一石二鳥ですね。
第一子である長女は現在社会人ですが、大台町に移住してから間もなくの出産で、知人もいない状況で子育てがスタートしました。最初に利用したのが大台町粟生(あお)にある「健康ふれあい会館」内の大台町子育て支援センターでした。同じような月齢の赤ちゃんを連れたママたちとの交友関係が広がるのみならず地域の情報も手に入り、良いことばかりだったと美奈さんは振り返っていました。
【長く務めたホームヘルパーの仕事】
知人が増えてきたころ、大台町社会福祉協議会のホームヘルパーの人材を探していると耳にし、結婚前に介護福祉士として働いていた経験を活かして訪問介護に転職。仕事では、大台町に住む人の温かさに感動する毎日だったそうです。子供が保育園に通うようになったころには、同年代の友達も自然に増え楽しくなっていったという美奈さん。1枚目、カバー写真の笑顔の美奈さんが写るのは、「健康ふれあい会館」近くのパンがおいしいカフェ「カナエタ」です。友達が営んでいるため、よく遊びに行くのだそう。同行したこの日は、健康ふれあい会館でママさんを対象にしたヨガ教室があり、その帰りに家族のためにパンを買いに行きました。
「ホームヘルパーの仕事が長くなり利用者さんと関わっていくうちに、知識をもっと深めたいと思い、新しい資格を取ろうと考えました。作業療法士か理学療法士を改めて勉強しようか、整体を新たに学ぼうか…」子育てと仕事の両立で美奈さん本人も疲れやすい体質になっていました。「利用者さんにもっと寄り添い踏み込みたい、さらに自分にもプラスになる資格はないかと約1年間悩んでいました」
【育児と介護の多忙さの先に―ヨガとの出会い】
その頃、美奈さんの実の両親に介護が必要になり、大台町で一緒に生活するように。4人兄弟の末っ子が保育園に入り、子育ても一番忙しい時期。仕事と両親の介護、子育てが重なりバタバタ状態で美奈さんは体調を崩してしまったそうです。そこで、行きつけの鍼灸院へ。「最近生活や心が乱れている」という話をしたら「NHKで綿本彰先生のヨガの番組をしている。呼吸法を勉強してみたら?」とアドバイスをもらったそう。綿本先生のビデオで見て、ヨガなら自分も健康になれるし知識も身につくと、津市にあるヨガインストラクターの養成所に週1回3カ月通い資格を取得しました。2015年のことです。同時期に、以前から興味を持っていたエステティシャンについてもママ友からの紹介で身につけました。
【長女の言葉「かなん」からの気づき】
最初は単発でヨガを教えていたので、伝えることが難しかったという「意識」という概念。「毎日手を入れる」というエステの考え方を取り入れることで、日常的に自分に触れること・向き合うこと=意識することが健康と元気に結びつくと教えられるようになりました。そんなとき、長女から「お母さん、今の方がいい」と言われ、ハッとしたそうです。「一生懸命ヨレヨレになって疲れ切って働いているお母さん、かなん(関西弁で『嫌だ』『困る』という意味)」昔は毎日必死で、身なりに気を配ることもできず、ヘルパーの制服で参観日に行っていたけれど、長女は「あの時かなんだ」と。「そんなにしんどいなら、将来、子供なんていらん」と思っていたとも言われたそうです。自分が生き生きしていた方が子供は幸せなのかと初めて分かったという美奈さん。自分の人生を楽しんでいた方が子供にとっては良かったと。ヨガインストラクターやエステティシャンは自分磨きも仕事の一環です。今では「子育てって楽しいんやな」と伝えてくれるそう。「母親が楽しそうに暮らしているのが一番大切」と長女に気づかされたことが、美奈さんの価値観を大きく変化させました。
さらに、介護現場で役立てるために2019年には「笑いヨガ」の資格も取得します。加えて、ふと「私は何を求めているんだろう」と考えたとき、「いつまでも女性でいたい、綺麗でいたい」という自身の願いに気づき、女性ホルモンが活発になるベリーエクササイズの講師過程も同時期に修了しました。
【どの仕事が欠けても成り立たない】
2016年には、大台町新田(しんでん)にあるサービス付き高齢者向け住宅「大樹の里」から声がかかり、一般の方へヨガを教えに行くようになりました。介護の人手も足りないということで、前職を活かして現在は週に数回「大樹の里」へも働きに行っています。エステで覚えた心地よい触れ方で、ヨガで身に着けた自分の体を傷めない体の使い方で、家族に気づかされた笑顔と元気を忘れずに。「今の状態が完璧で、どの仕事が欠けても私という人間は成り立たない」美奈さんは前を向き続けることで、理想の生き方を手に入れました。
【奇跡ではじまる昴学園高校との交流】
さて、もう一つの奇跡的なエピソードをここで。子育てに奮闘していたころ、現在にまでつながる新たな出会いが訪れます。奥伊勢フォレストピアにある公園「わんぱく広場」に、子供たちとその友達10人くらいを連れて遊びに行っていたとき、近くにある三重県立昴学園高校生活福祉系列3年生で寮生だという3人の男子がやってきました。「一人で子供たちの面倒を見るの大変じゃないですか?ぼくたちも一緒に遊んでいいですか」と声をかけてくれて美奈さんは「めっちゃ助かる」と快諾したそうです。体力のあるお兄さんたちと遊べるとあって、子供たちも大喜び!「次遊びに来ることはありますか?」「じゃあ来週」と約束し、何度か経ったころ、「子育てを手伝ってくれて有難いから、今度ご飯作るよ」と自宅へ招いたそうです。「昴学園高校の祭りがあるから来てください」と子供たちと一緒に高校へ行き楽しんだことも。
春を目前にすると、「ぼくたちは卒業するから、次の代に引き継ぎます」と、このつながりが絶えることはありませんでした。介護福祉士でありヨガインストラクターである美奈さんが生活福祉系列の外部講師として教壇に立つ機会も設けられました。その時の生徒には、実際の現場を知るためにも寝たきりだった美奈さんの母の介護を体験してもらったそうです。当時の生徒たちは今みんなが社会人。それぞれに福祉の現場で活躍していますが、第二の故郷として、今でもたまに美奈さんの家へ元気な姿を見せに来てくれるそうです。
【50代からカッコよくなる大台町に】
最近の美奈さんの趣味は、写真とSUPだそう。大台町の宮川ダム湖で水上アクティビティを提供する「Verde大台ツーリズム」のSUP体験から、SUPの楽しさにハマったそうです。「SUPをすることで宮川の奥の奥の美しさを知ることができる。大台町ってこんなに遊ぶところがたくさんあるんだと再発見できた」
また、奥伊勢フォトクラブに所属し、カメラ仲間と一緒に美しい大台町の景色を写真に収めたり、Iターンだからこそわかる大台町の魅力を発信していきたいと、家族との日常生活で気づいた小さな発見や幸せをInstagramストーリーズで頻繁にアップしたりしています。
「50代からカッコよくなる大台町を、自分の仕事を通して伝えていきたい。何ができるか分からんけど…」そう言いながら未来を見つめる美奈さんは、きっと周りにいる多くの同志や、今後つながっていくであろうまだ見ぬ仲間たちと一緒に、大台町という舞台で楽しいことを企画してくれるでしょう。