Vol.67 日高 美紀さん、大輝さん夫妻

Vol.67 日高 美紀さん、大輝さん夫妻

今回のインタビューは、茂原(もばら)区のお試し住宅にお住まいで木工作家の日高 美紀(ひだか みき)さん、大輝(だいき)さんご夫妻です。半年ほど前に移住されたばかり。ここでの生活と二人をこの地へ導いた木工への想いを伺いました。

【木工の拠点として】

二人はそれぞれ別の地で木工の仕事をしていましたが、昨年、作家として独立しようというタイミングで大台町へ。
美紀さんは東京郊外で木工作家、吉川和人さんの工房でアシスタントとして働き、大輝さんは岐阜県高山市の森林たくみ塾でスタッフとして塾生に木工の基礎を教えていました。二人ともいつかは自分の名前で作家としてやっていきたいという想いを持ち、それぞれがその修行に励んでいました。

日高大輝さん

「木工ができるなら正直どこでも良かった」という大輝さん。
長野出身の美紀さんは「東京はすごい刺激の多い街というか、色々勉強にはなったし、良いもの見れたし、でも自分が一生あそこの街で暮らしていくイメージが持てなくて…。やっぱりどちらかというと田舎でモノづくりしたいな~と」
木工をするためには、作業場、各工程で使用する機械、騒音が迷惑にならない環境が必須で、それらすべてを揃える先行投資はなかなか難しいものです。
独立のタイミングを迎えた二人は、吉川さんのもうひとつの工房、大台町滝谷にある「森へ行く日」を使わせてもらうことに。シェア工房でもある「森へ行く日」は、大台町に山林を所有するトヨタ自動車と、木工作家の吉川和人さんが協働して立ち上げた、自然とものづくりを繋ぐ拠点です。
ここを製作の拠点とすることに決めました。
縁もゆかりもなかった三重県ですが、美紀さんは吉川さんのアシスタント時代に何度か出張作業しに来ていたこともあり、そこで出会った地元の人たちの温かな雰囲気に「ここならやっていけるかな」と思ったそうです。
住む場所は空き家バンクにも目を通していましたが、家具家電付きですぐに生活が始められるお試し住宅にて大台暮らしの第一歩を踏み出しました。

【モノづくりに至るまで / 美紀さん】

松本市郊外で生まれ育った美紀さん。中高は陸上部、大学ではラクロス部と体育会系の部活に属し、厳しい環境で忙しく過ごしてきました。
生物、植物が好きな美紀さんは大学では園芸学部に進み、卒業後は食品メーカーで研究開発職に就きました。やりがいのある仕事でしたが徐々に違和感を覚え始めます。
例えば苺のゼリー。本物の味わいに近づけるため、香料など様々な工夫を凝らしてよりたくさんの人に届けられるよう試作を重ねます。しかし、そのテスト品を廃棄することに心を痛めてしまった美紀さん。誰もが知っている商品を自分で作りだす大量生産品にも多大な価値はあります。でも本物を知っているなら、本物の方を作りたいと思う気持ちが芽生えていました。
「私、好きなように働きたくて(笑)」
美紀さんはどちらかというと長時間働くタイプだったそうで、余裕を持って自分のペースで仕事をしたいのかと思いきや、
「仕事は好きだったんですけど、昨今はライフワークバランスとか言われて、長時間働くことが是とされなくなってきて、組織にいると好きなように働けないなぁと思って」
と、なんと逆にもっと没頭して働く環境を望んでいました。

日高美紀さん

やがて時はコロナ過。
日曜大工が好きな父親と久しぶりに一緒に木工作業をする機会がありました。
会社の改善提案で、社員用玄関の棚を使いやすくすっきりさせるためにL字テーブルを作ったそうです。
「すごい久々にこういうことやったけど楽しいな」と美紀さんの心が動きました。
そして20代の終わりが見え始めた頃、ついに決断の時が訪れました。
美紀さんの中に選択肢はふたつ。木工の道か洋菓子・和菓子の世界か。
「もう一度修行したくなったのかも…(笑)」
特別憧れの木工作家さんや理想とするマスターピースがあった訳ではありません。ただ木が扱えるようになりたいという思いでした。
美紀さんは、数ある木工学校の中から実務教育が厳しいと評判の飛騨高山にある森林たくみ塾の門を叩き、木工の世界に飛び込みました。

【モノづくりに至るまで / 大輝さん】

大輝さんは福岡生まれ。その後、名古屋、川崎、仙台と親の転勤で成長と共にいろんな街で青春時代を過ごします。大学では建築学科で「設計士になるつもりだったんですけど、途中で何やってるかよく分からなくなってきて…(笑)」と迷い始めた大輝さん。考えることが好きで、考えて図面を描く。でもそれをどうやって作るのかは分からず、自分の中でやりたいこととズレを感じてきたのです。
「もっと自分で考えて自分で作る所まで行きたいと思って」
小さいころはプラモデルやレゴも好き。ホームセンターで材料を買ってきて何かを作るのも好き。
「子供の頃から自分で考えて何かを作るっていうのが好きだったんです」
そんな中、世界的に有名な家具デザイナーであるジョージ・ナカシマに影響を受けます。
彼は大学で林学、建築学を学び、建築家としてキャリアを積んでいましたが、やがて木工へと転向していった人です。ある時、いくらデザインが良くても現場仕事が未熟な様子に遭遇して失望し、全ての工程を自分で管理できる家具製作を始めたそうです。
「家具だったら自分で考えて、自分で作れるじゃんと思って」
木匠ジョージ・ナカシマと図らずも同じ発想で思い立ち、大学卒業後に再び学びの道へ入ったのが森林たくみ塾でした。

モノづくりに至るまで / 大輝さん

設計士になるために大学へ送り出したのに、と親には当初反対されたそうですが、押し切って高山へ行き、数か月経った頃、母親から連絡がありました。
「「僕の小学校の時の卒業文集を見つけたらしくて…。そこに将来の夢が『木でモノを作る人』って書いてあったらしい(笑)」
大輝さん自身も忘れていましたが、これを見た両親は息子はやりたいことをやっていると納得し、応援してくれるようになったそうです。

【庵に木工】

「庵に木工」は二人の作家としての屋号です。
美紀さんが立ち上げ、後に大輝さんが加わりました。美紀さんは、吉川さんのアシスタントとして働きながらもオリジナルの椅子を製作し、長野の椅子だけの展示会「すわって展」に出品。作家デビューを果たします。
そして二人体制になった今年は、ウィンザーチェアを出品。

大輝さんがたくみ塾で働いていた時にも時折製作していたそうですが、今回のデザインは、背もたれからひじ掛けにかけての1本の部材を3度曲げなければならない技術を要するもので、シンプルな中に繊細さと優美さが感じられるものです。
この椅子を作るために、アメリカンウィンザーチェアを勉強したいと二人はアメリカまで出向きます。椅子職人であり、数々のワークショップを主催し、YouTubeやメールマガジンを発信するなどマルチに活躍している木工家ピーター・ガルバート氏。彼のワークショップに参加し、濃密な1週間を過ごしたと言います。

木工家ピーター・ガルバートのワークショップに参加

今後も椅子の展示会出品予定があるので、ウィンザーチェア作りはまだまだ続きそうです。

【地域おこし協力隊】

現在美紀さんは地域おこし協力隊としても活動しています。
町の森林課に属し、画一的な植林でなくその地域に合った森を取り戻そうとする苗木協議会と共に、地域の山から採取した種子や苗を育てて山に植えて帰す作業を手伝ったり、苗木について勉強したりしています。
また、地域の木材の有効活用のため、まずは役場庁舎内の木質化を目指しているそうです。
広い庁舎の内装を全て木材に変えることは難しいので、小さな物から木製に切り替えようとしています。コイントレーやパーティションなど美紀さんが手がけた木工製品が役場のカウンターに木の温かみを添え始めています。

日高美紀さんが手がけたコイントレー

【森の町で家具をつくるのが難しい?】

二人の作家活動をいざ始めようとしたところ、早速新しい土地の洗礼を受けました。
森林組合でも広葉樹の森づくりの活動は進められていますが、大台の森は圧倒的に杉、檜の針葉樹林です。飛騨高山で過ごしてきた二人にとって材料は広葉樹であり、大台町産のそれを入手するのは想像以上に困難でした。
「岐阜とか長野で今まで産地に近すぎてそれが当たり前になってて…。こんなにもないのかと」
広葉樹が生えていない訳ではありません。しかし、規格化されていない森の木は切りだして市場に出るに至らないのです。こちらで入手できるものはこちらで調達するものの、半数以上は岐阜へ仕入れに行くそうです。
身近に豊富にある針葉樹。柔らかい素材のため家具を作ろうとすると、脚を太く天板を厚く強度を高める必要があり、デザインが限られてしまいます。
また、もう一つ悩ましいのが湿気です。
思った以上に雨が多く、木材が水分を吸ってしまうこと。
「僕の体感的にも木が暴れてる感じがあるので…。湿度が上がったり下がったりすると木が動くんですよ。それがちょっと不便…」と木工をするのに向かない気候であると大輝さんはこぼします。
「木の産地ではあるけれど木でものを作ることが産業になってないのは、湿気が問題だったのかなぁ」と美紀さんも大台町に来てから実感したそうです。
ここで作られた家具を湿度の低い土地へ持っていくと、乾燥して組み合わせ部分が緩んだり、極端な話、ばらけてしまう可能性もあり、商品にとっては致命的な問題です。
「小物だったら全然問題ないかな。家具だと強度が必要になったりするから」
二人は既に除湿室を工房内に設け、この問題を克服しようと試みています。
「まぁ色々工夫したらできるかなと思うんですけど、ちょっと手間が…ひと手間ふた手間かかりますね」

「庵に木工」名義で製作した作品

【大台での暮らし】

ここへ越してきて生活リズムが整いやすくなったそうです。
「夜暗くなるから、あ、寝なきゃみたいな。なんか張りつめてないというか」
美紀さんは部活や会社で働くことに時間を費やしてきたため、どうやら余暇を楽しむ感覚が掴めていないようで、出かけるにしても興味のある展示会や家具のお店など仕事に関連することばかり。趣味だったスノーボードは膝を怪我して以来遠ざかっています。
対する大輝さんはドジャーズの試合を観るのが好きだそう。またバードウォッチングも嗜み、工房へ訪れる鳥たちを眺めたり、たまには山を抜け出して海辺の鳥たちの観察に出かけたいそうです。
これから大台町を楽しみたいと言う二人。目下のところ、吉川さんが所有するカヌーが貸してもらえるそうなので、宮川で水際遊びをしようと目論んでいます。
この夏はお試し住宅の敷地内の畑でも耕して色々植えたけれど猿に全滅させられたとか、すでに田舎暮らしを満喫し始めているようです。

日高美紀さん、大輝さんご夫妻

【夢でもあるし必須の目標でもある】

現在はオーダーされた家具を製作したり、オリジナルの椅子づくりに励む日々。今は作家として自分たちの作品で生計を立てていくことが目標です。
「まずは二人で協力してひとつのブランドをちょっとずつ育てていきたい」と大輝さん。
しっかりしたスケジュール管理、きっちりした職人仕事が得意な大輝さん、より感覚的に柔軟にモノつくりをする美紀さん。
「今でも擦り合わせ中なんです。一緒に暮らすのも初めてなので」
実はこの町にやって来てからご結婚されたばかり。日常生活も木工活動も探り探り、しっくりくる所を確かめている最中です。
まだ始まったばかりの二人ですが、いづれは自分たちの拠点を手に入れたいそう。
「自分たちの工房が欲しいですね。自分たちの作品で生きていく」

「庵に木工」名義で製作したイス

「あとは海外旅行に行きたいです。木工つながりですけど」
再びピーターに会って、あなたのおかげでこういう椅子が作れるようになりましたとお礼を言いに行きたいと美紀さん。
前回のアメリカ行きは、ワークショップの参加と現地の木工学校の視察で日程は一杯。観光する暇などありません。今度は会いたい人に会ってのんびりした「旅」を楽しみたい。
そんな未来を描きながら、まずはじっくりと「庵に木工」を創り上げていきます。

「庵に木工」が製作した作品

庵に木工
instagram : 庵に木工

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