Vol.61 瀬古 祐介 さん

Vol.61 瀬古 祐介 さん

今回紹介するのは、中学生の軟式野球クラブチーム「奥伊勢ライズ」監督、大台町下楠(しもくす)に住む瀬古 祐介(せこ ゆうすけ)さんです。令和6年夏の大会をもって大台中学校の軟式野球部が廃部になることを受け、野球がしたい子どもたちのために地域クラブチームを発足。「指導者1年生」と語る瀬古さんがどのような思いでチームづくりに取り組んでいるのかお話を伺いました。

【野球との関わり】

瀬古さんは三重県度会郡大紀町の出身です。大学進学を機に地元を離れ、県外で暮らしていましたが、約20年前、結婚を機に三重県へUターンしました。
隣町である大台町下楠に売りに出ていた家を瀬古さんのご両親が見つけ、「ここがいいのでは」と勧められ購入。こうして大台町での暮らしが始まりました。

「実は、監督ができるほど本格的に野球をやってきたわけではないんです。小学校と中学校では野球をしていましたが、高校では続けませんでした」
そう笑いながら語る瀬古さん。

再び野球と深く関わるようになったきっかけは、二人の息子さんでした。
「上の子が小学3年生、下の子が小学1年生のときから、大台町の学童クラブチーム『MKフェニックス』に所属させてもらい、保護者として関わるようになりました。野球と子どもが好きな、ただのおじさんですよ」
子どもたちの成長を見守りながら、地域の少年野球を支える活動にも自然と関わっていったのですね。

軟式野球クラブチーム「奥伊勢ライズ」の練習風景

【町内中学校の部活動の変化】

MKフェニックスは、大台町健康ふれあい会館前のグラウンドを拠点に活動している、町内の小学生による学童野球チームです。
大台町では
・日進小学校
・川添小学校
・三瀬谷小学校
の3校からは大台中学校へ、宮川小学校からは宮川中学校へ同じメンバーで進学します。

これまで、軟式野球を続けたい子は中学校の野球部へ、本格的に野球に打ち込みたい子どもは周辺地域の硬式クラブチームへ進むという選択が一般的でした。
瀬古さんの息子さんたちもMKフェニックス退団後、大台中学校の野球部に所属し、仲間とともに汗を流しました。

しかし、大台中学校の野球部は令和6年度の夏の大会をもって、バスケットボール部、バレーボール部、剣道部ともに廃部となることが決まりました。
瀬古さんがその知らせを聞いたのは、次男が中学3年生のときでした。顧問の野田先生から、子どもの数の減少や部活動の地域移行の流れを理由に、「来年から野球部がなくなる」と伝えられたそうです。

また、宮川中学校は、令和3年度に既に廃部となっています。
「このままでいいのかなと思いました。軟式野球を続けたい子どもたちの受け皿が必要だと思ったんです」
その思いから、仲間たちとともに地域クラブチームの立ち上げを決意しました。

軟式野球クラブチーム「奥伊勢ライズ」の練習風景

 

【奥伊勢ライズの発足】

軟式野球は、野球経験のない子でも挑戦しやすく、保護者の負担が比較的少ないことも特徴です。

令和6年4月。
大台中学校に入学した新一年生約40人の中にも、「野球部に入りたい」と考えている生徒が数名いました。
部活動の説明会では、保護者同席のもとで今後の予定が伝えられました。
最後に、顧問の野田先生から瀬古さんが紹介され、
廃部が決まっていても、強い思いで「野球をやりたい」と決めた子どもたちを前に、こう呼びかけました。
「野球部が夏の大会で終わったあとも、奥伊勢ライズで一緒に軟式野球を楽しみましょう」

その年の夏、大台中学校野球部は最後の大会を迎えました。
女子選手を含む3年生10人が中心となり挑んだ地区予選。
嬉野中学校、三雲中学校、中部中学校を次々と破り決勝へ進出。
強豪・三重中学校に敗れたものの、地区予選2位となり県大会出場を果たしました。
これは実に30年ぶりの快挙でした。

県大会では志摩市の文岡中学校に勝利し2回戦へ。
南伊勢町を中心としたクラブチーム「南勢ビクトリー」と激しい接戦の末、9対10で惜敗しました。
南勢ビクトリーはその後県大会で優勝し、東海大会へ出場しています。

誰もが涙をのんだ夏。瀬古さんはカメラを手に、すべての試合をベンチから見守りました。
3年生の勇姿を見届けた瞬間から、次の世代へ夢をつなぐ「奥伊勢ライズ」の挑戦が始まったのです。

軟式野球クラブチーム「奥伊勢ライズ」の練習風景

【地域クラブチームとしての挑戦】

三重県内にはまだ中学校に野球部が残っている地域も多くあります。
その中で「奥伊勢ライズ」は、軟式野球の地域クラブチームとしては先駆的な取り組みです。
「手探りの部分は本当に多いですね。教育委員会とも相談していますが、『まだ前例がない』ということで、すぐに答えが出ないこともあります」
それでも瀬古さんの思いは変わりません。
「部活動がなくなってマイナスになった、ではなくて、『なくなったけど、逆によかったよね』と言ってもらえるチームにしたいんです」

平日は仕事。
土日はライズの指導。
すべてボランティアでの活動です。

「子どもの高校野球の試合を見に行けなくなりますし、家族には申し訳ない気持ちもあります。でも子どもとも話して『お互い頑張ろうな』と」
瀬古さんの長男は、県内でも強豪校として知られる宇治山田商業高校の野球部でプレーし、令和6年度に卒業しました。
「本人は『もう二度と野球はやらん』と言っていますけど(笑)、ライズの練習には来てくれて、子どもたちの指導も手伝ってくれています」

軟式野球クラブチーム「奥伊勢ライズ」

現在のメンバーは
・2年生4人
・1年生3人
・小学5年生1人
の計8人。
野球は9人制のため、公式戦出場にはあと1人必要です。
「MKフェニックスにいる新1年生が3人入ってくれれば、春の大会に出場できます。みんなでそこを目標に頑張っています」

【ポジティブな声かけを大切に】

瀬古さんが指導する上で大切にしているのが、前向きな声かけです。
「まずは野球を楽しむこと。基礎から丁寧に教えているので、初心者も大歓迎です。
立ち上げ当初は子ども同士の衝突もありました。自分も指導経験がなく戸惑いましたが、その都度みんなで話し合い、『練習中も試合中もポジティブな言葉だけをかけよう』と決めました。前向きな言葉に変えていくことで、チームの雰囲気もどんどん良くなっていきました」

子どもたちの進路については、それぞれの選択を尊重していくと話します。
「高校でも野球を続けたい子は全力で応援したいし、中学までで区切る子もそれでいい。まずは勉強も大事にしてほしいからテスト期間はオフにして、このチームでの時間を充実させてほしいと思っています」

瀬古さんは、子どもたちの前でも「指導者としてはまだ1年生」だと謙遜します。息子さんたちの高校野球の練習を見学し、ライズのことを話し、「監督1年生なので参考にさせてください」とお願いして、勉強させてもらっているそう。そして子どもたちにもこう伝えています。
「自分も完璧じゃないし、間違えることもある。だから、みんなで一緒にチームを作っていこう、と。ぶつかることもあるけれど、話し合いながら前に進んでいきたいと思っています」
地域の子どもたちとともに汗を流し、ともに成長していく姿勢が、チームの土台になっているのでしょう。

ノックをする瀬古祐介(せこゆうすけ)さん

【ライズの指導者たち】

「奥伊勢ライズ」というチーム名はどのように決めたのでしょうか。
「いろいろ候補はあったんですよ。僕は、大台町のマスコットキャラクターから取った『チャミーズ』という名前を推していたんですが、周りから『それはちょっと…』と止められて(笑)。フェンス裏で雑談している中で、ふと『ライズは?』と思いついて。『いいやん』と、その場の雰囲気で決まりました」
何気ない会話から生まれたチーム名。本格的に始動し、「今はとても気に入っています」と瀬古さんは笑顔を見せました。

奥伊勢ライズの指導者に登録しているのは、大台町に住む5人。子どもたちが野球を続けられる環境を保ってあげたいという共通の思いを持ち、ボランティアで集まったメンバーです。

中学校の野球部から引き継いだ用具もありましたが、資金面の苦労は多いといいます。
今後の目標の一つとして、地域との連携を深めながらチームを育てていきたいと瀬古さんは意気込みます。

軟式野球クラブチーム「奥伊勢ライズ」の練習風景

【地域クラブチームの課題とこれから】

「一番の課題は、やっぱり人数」。11月に行われた大台町の秋祭り「どんとこい大台まつり」にPRのために出店したり、3月の「おおだいチャミーマラソン」に選手として出場し、ユニフォームで走ったり。体験会も開催して、チーム一丸となって積極的にメンバーを募っています。

続けて瀬古さんは、「自分自身の指導力」についても課題感を持っています。
「子どもたちは飽きやすいし、単調な練習だと集中力も切れてしまう。モチベーションを保ちながら、身になる練習をどう作っていくか、もっと勉強しないといけないと思っています」

チームの雰囲気は、「とにかく自由」。
野球というと、上下関係や規律が厳しいイメージがありますが、瀬古さんは子どもたちが自由にのびのびプレーできる環境を大切にしているといいます。

瀬古さんが指導の中で決めていること。それは「プレーでは怒らない」こと。
「危険なことや、チームワークを大きく乱すことは注意しますが、プレーのミスでは怒りません。ミスしても大丈夫、思い切ってプレーしてほしいんです」
また、学年の壁を越えて仲良くできるよう、上級生には「自分から声をかけてあげて」と伝えています。相手の立場に立って考えることも、活動の中で学んでほしいと瀬古さんは話します。

「勝ち負けだけではなく、このチームで過ごした時間が子どもたちの人生の糧になればうれしいです」
「スポーツを通して学ぶのは、技術だけではありません。
仲間と支え合うこと、相手の気持ちを考えること、努力を続けること。
そうした経験は、子どもたちが大人になったときにもきっと役立つはずです。

そして瀬古さんは、地域とのつながりの重要性についても強調します。
「地域の人たちに応援してもらえるようなチームにしていきたい。地域貢献できるよう、地域と一緒に育っていくチームになれたらと思っています」

部活動の地域移行という大きな流れの中で生まれたクラブチーム。試行錯誤を重ねながらも、「子どもたちの居場所を守り、みんなにとってプラスになる場にしたい」という指導者たちの思いはぶれないでいます。

休みの日、大台中学のグラウンドには、子どもたちの元気な声が響き渡っています。
子どもたち、指導者、保護者、そして地域の人々。
多くの人の思いが重なりながら、奥伊勢ライズが少しずつ成長していきますように。

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