 
					今回のインタビューは、下真手(しもまて)にお住まいで松阪牛を育てる肥育農家で働く西村 珠樹(にしむら たまき)さんです。
西村牧場は祖父の代から続いており、珠樹さんは3代目。
毎日繰り返し同じではない牛舎での仕事や、可能性に満ちたこれからについてお話を伺いました。
【松阪牛を育てる仕事】
西村牧場株式会社は、松阪牛の肥育農家で、生後10ヶ月ほどの仔牛を買い付け、約2年間32ヶ月まで育て上げて出荷をしています。
山の中にある牛舎には約400頭の肉牛を飼育。生き物相手の仕事は休みなく、それぞれの牛に合わせて世話をしていく大変な仕事。話のできない牛達の状態を見極める細やかな観察眼と体力のいる仕事です。
「風邪ひいてたら違いますね。草食べに来んかったり」
会話ができないのが一番難しいところ。
「会話ができない分、やっぱ管理してる側がちゃんと見つけてあげないと大きく育たないと思いますね」

朝7時半頃からエサやりを始め、一頭一頭の健康状態を確認していきます。
「牛も個体によって性格優しい子とか、ちょっと気性の荒い子とかいるんで…。この子いつもここで食べてるな~とか見て…」
皆にうまくエサが行き渡るように調整したり、足元にひいているおがくずを入れ替えて掃除したり、乾燥藁を細かくほぐしてエサとして与えられるようにしたり、仕事はいくらでも待っています。
牛の爪を切る削蹄(牛の足を専用の器具で固定してグラインダーの様なもので削っていく作業)も普通は専門業者に頼むそうですが、西村牧場では自分たちで行っていますし、昼休憩から牛舎に戻るとエサ箱が壊されていて、その修理や逃げた牛の確保をしなければならない日も。仕事内容は多岐に渡り、細部まで説明するのは困難な様子です。
「毎日違うことやってるすね」
【仕事のやりがい】
就職してまだ2年目ですが、珠樹さんが任されている仕事は仔牛の導入です。
毎月、宮城や栃木などの仔牛市場へ買い付けのために出張。大きく育ちそうな個体に目をつけてせりで落とします。
「この子は良さそうだとか、血統によっても全然違うんで..。大きくなる血統とか、肉質が良い血統とかその辺も導入のポイントとしては大事になってきますね」
全国から集まる同業者と目利きバトルが繰り広げられています。

「自分が買ってきた仔牛が目に見えて日に日に大きくなってくると嬉しいですね。自信を持って買って来てるんで順調に育ってくれると嬉しいすね」
やはり苦労して育ててきた牛がお肉になって良い評価をしてもらえる時が一番嬉しい時。
牛の体型やハリ、詰まっている感じなどで出荷前から「これはいい!」という牛は分かるそうです。
仔牛導入が珠樹さんに任せられている一方、出荷と売値交渉はまだ父の仕事。
「僕がもっと指示出したり、回せるようになりたいですね」
親子で働くということは、家族だからこそお互いに色々思うところはあるそうですが、息子は素直に「父はすごい」と語ってくれました。
そしてまだまだもっと仕事を覚えないと…とも。今は聞いて学んで、くらいつく毎日。
「そういう時期やと思いますね」
【家業を継ぐと決めるまで】
幼い頃はバス釣りと野球に夢中だった珠樹さん。ゲームはせず、友達と自然の中で遊びまわる日々。
牛舎へ行って手伝うことはほとんどありませんでしたが、家には犬や猫、さらにはポニーまで飼っており、動物たちは身近な存在でした。
「小さい頃から、将来絶対牛やるって感じじゃなかったすね」
農業全般を学べる相可高校の生産経済科へ進学しましたが、軽い気持ちで選んだそう。
それよりは野球に熱心に打ち込んでおり、朝練のため早朝に登校し、部活が終わって帰路につくのも遅い時間。
細やかな作業が得意な珠樹さんは、グローブを磨いたり手入れを丁寧にしており、将来はグローブを修理する職人になろうかと考えていました。
「好きなことしろって感じでしたね。親も」

そんな中、学校が所有する牛舎で初めてきちんと牛の世話を経験することになります。
「実習で牛、管理したりしてて、楽しいなぁって気持ちはあったっすね」
そして次のステップとして進んだのは北海道の酪農学園大学。またも軽い気持ちでと言いながら、頭のどこか片隅には「継ぐ」の二文字があったことは確かです。
ちょうどコロナ禍ではありましたが、札幌近郊という便利な場所での生活。全国から集まってくる自分と同じような境遇の友人たちと共に勉強し、遊び、軟式野球サークルの活動、小売店の品出し、仔牛市場での牛引きバイトなど楽しく過ごしていました。
そんな時、父である 西村 直人(にしむら なおと)さん がラジオ局の農業応援プログラムよりインタビューされ、その記事がネットに掲載されます。
息子の前では、「好きなことをしていい。牛の仕事は大変だから無理に継ぐ必要はない」と息子の人生を尊重してくれていた父親。
しかしやはりその本音は、
『何年かしたあとは仕事を引き継いでくれるのを楽しみにしているのだとか。自分と同じように引き継いでくれたらやっぱり嬉しいんですね』
(閲覧日2025-10-10)TOKYO FM あぐりずむ WEEKEND
https://www.tfm.co.jp/weekend/index.php?catid=3327&itemid=142408より抜粋
遠く離れた北海道でこの記事を読んだ珠樹さんにこの言葉が響きました。
幼い頃から曖昧ながらも大事に仕舞われていた「継ぐ」という気持ちが膨らみます。
家業を継ぐために勉強しに来たという志を持つ大学の友人たちの影響もあり、
「あの記事の『継いでくれたら嬉しい』みたいな、それ見てやりたいなと思ったすね」
ついに心を決めました。
【グッドライフワークバランス】
仕事は大変ではありますが、父、母、自分、従業員さんと交代でしっかり休暇が取れるので、充実した生活を送っています。
「今はゴルフがおもしろいです」
地元に残る友人は少ないながらも、珠樹さんの方が平日、週末関係なく休みを合わせることができるため、遊びに行くには便利だそうです。
毎月の仔牛市場への出張も、普段山の中で過ごす珠樹さんにとっては良い気分転換。
買い付けの後は街の空気を吸い、繁殖農家さんと交流したりすることもあります。
小さい頃から趣味だった釣りもレベルアップ!「自転車でバス釣り」から「カスタマイズされた軽バンで海釣り」へと遠出するようになりました。
釣り用の車の天井には何本も竿を収納し、道具類も荷台にきっちり収められて、使い勝手の良いように手を加えています。

細部にまで気を遣い、几帳面な仕事ぶりが趣味にも反映。いや、そんな性格の珠樹さんだからこそ牛たちを丸ごと世話できるのかもしれません。
仕事で辛いことを尋ねても、はっきりとした答えはなく、
「全部大変ですけど…意外と充実してるっすね」
身体を動かし、生き物の世話をすることが珠樹さんには合っているようです。
高校時代に感じた「牛の世話って何か楽しいな」は原点であり、真実でした。
あとは少しシャイで優しい3代目に素敵なパートナーが見つかればいいのですが、どこの田舎でも若者は減っていて出会う機会も少ない環境。
妻となる人には牛舎に来て手伝ってほしいというよりは、好きなことしてもらえるのがいいそう。それぞれが志す仕事を頑張って支え合っていきたいようです。
【西村牧場のこれから】
いづれこの事業を引き継ぐ珠樹さんに、西村牧場の未来について伺うと、まだまだ成長しないと、と前置きしながらも、頭に浮かぶことを語ってくれました。
まずはやはりこれ。
「品評会で一番にはなりたいすね」
年に一度開かれる松阪牛の一大イベント。そこで優秀賞1席に輝きたいという目標があります。しかしながら、通常出荷される「いつものお肉」が一番大事だとも教えてくれました。
「頭数を少し増やしたいっていう気持ちもありますね。でも人手が足りないんで働いてくれる人がいたらですけど」
共に長く牧場を支えてくれる良き人材と巡り合えたら、また次のステップへ。
そして父はあまり積極的でないSNS等の情報発信ですが、同業者たちも力を入れている様子を見て、珠樹さんは自分も挑戦してみたいと考えています。
牛舎の日常や作業風景を投稿してファンを作るだけでなく、そこで求人募集もできるかもしれません。
「ちょっとでも見てもらえれば、人に興味持ってもらって一緒に働けたらいいなっていう気持ちはあります」

「全然先の話かもしれないすけど、牛糞を堆肥化して野菜を育てたりするのもおもしろそうだなと」
現状では毎日の仕事をこなすのが精いっぱいですが、いづれ肉牛の頭数を増やし、牛の肥育だけでなく、畑部門ができたら…と夢は広がります。
田舎でお決まりの人口減少、高齢化と共に地元から活気がなくなっていく中でも、ここで地道に仕事に精をだしている人々。
コロナ禍以降、国際情勢の悪化、読めない気象状況などから、今、「食べるもの」がより一層大切になっている気がします。
そんな風の吹く中、珠樹さんはこれからの西村牧場のヴィジョンを心に描き始めています。
※取材後、早速インスタグラムでの発信を始められました!
