Vol.38 大森 久美子 さん

Vol.38 大森 久美子 さん

今回紹介するのは、三重県多気郡大台町小切畑(こぎりはた)で鮎の養殖を行う大森水産の代表を務め、大台町薗(その)で鮎料理の店「月壺」を営む大森 久美子(おおもり くみこ)さんです。
清流日本一の宮川沿いに養魚場を構え、大台町の特産である鮎の養殖に携わり20年以上。久美子さんの鮎にかける思いや、移住者目線での大台町の魅力などを伺いました。

※2023年1月時点の情報です。

【鮎生産のきっかけ】

松阪市出身の久美子さんは、30年以上前に大台町小切畑へ嫁いできました。
鮎釣りが趣味のご主人、今から25年前に鮎愛が高じて「飼育したい」と、大きな水槽を作り3,000匹の鮎を飼い始めたそうです。
飼い始めの3年は、小さい鮎を成魚にまで育て、ご近所さんへおすそ分けしていました。
自分たちでも育てられることがわかり、4年目になると水槽を増やし1万匹以上を飼うようになり、仕入れ価格も上がってきて、趣味の範囲ではなくなりました。
そこから、鮎の養殖が商売へと転換していったといいます。

大森水産看板

最初、お客様は知人だけでしたが、口コミでどんどん広がり、現在は関東地方のホテルや飲食店にも鮎を卸しています。
清流日本一の宮川に注ぐ山水で稚魚から育てられた鮎。
水質、水温、エサなど天然の鮎に近い養殖で遊泳させられ、脂ののりも好評です。
シーズン中は生簀から水揚げ後すぐに活き締めにされた鮮度の高い生の鮎を、オフシーズンには新鮮なまま冷凍された鮎を全国発送しています。
鮎の好きな筆者もよく利用していますが、色や姿、風味にムラがなく、エサも管理されているため内臓まで美味しく食べられるため気に入っています。

大森水産冷凍アユ

【鮎料理の店「月壺」のはじまり】

定食屋「月壺」のオープンは約15年前。
当時の経営者が家庭の事情により2年で辞めることになり、スタッフとして働いていたメンバーが引き継ぐことに。そこから久美子さんが加わりました。
今、月壺では、久美子さんより長く勤めている初代メンバーも働いています。

鮎料理の店「月壺」

鮎料理の店として親しまれている月壺ですが、鮎がメニューに加わったのは、7年ほど前のこと。
家庭で美味しく鮎を塩焼きにする調理法は分かっていましたが、商売としてお店で出す方法は分からず、試行錯誤が続きました。
色々試した結果、やっぱり家庭で楽しんでいる焼き方、串刺しにした鮎の炭火焼きが一番という結果となり、手間も経費もかかりますが、「これが最も美味しい」と胸を張って言える、こだわりの鮎の塩焼きを提供するようになりました。
「炭だと火をおこすのにも時間がかかるし、お客様にはお待たせして迷惑をかけるけれど」と久美子さん。お客様の心からの「美味しい」「また食べたい」が多くのリピーター客を引き寄せています。

【冬の月壺のお楽しみ「子持ち鮎」】

さて、夏の若鮎の塩焼きは食べたことがあっても、子持ちの鮎は味わったことがないという方も多いのではないでしょうか。
月壺では、10月頃からお腹に卵を入れ、ぷっくりとふくらんだ「子持ち鮎」を楽しむことができます。

子持ち鮎の塩焼き

【子持ち鮎の生産にかける思い】

「普段の養殖の仕事は男性スタッフに任せているけれど、子持ち鮎をしめるのは私の担当。子持ちをしめるのに賭けている」と久美子さんは熱く語ります。
養殖場では8月くらいに、オスとメスの鮎が分けられます。オスは月壺で若鮎として出されたり、ホテルなどの取引先へ出荷されたりします。
メスだけを水槽で泳がせておいて、数か月後、鮎釣りが趣味のご主人がかつて作ったという水槽の「のぞき窓」から、穴が開くんじゃないかというぐらい見て、「ここ!」と思ったときにタンクを開けるといいます。

大森水産アユのぞき窓

「1匹か2匹、もう卵を出したかもしれないくらいのタイミンで開けるとちょうどいい。みんなが同時に臨月になるわけではないので、お腹を触り、子宮口を見ながら、間もなく生まれるという鮎をしめていく」産婦人科の医師の話を聞いているかと錯覚しますが、これは子持ち鮎の生産に関する話。
「3週間くらいで完結します。この3週間でお腹の大きさはかなり変わる。ちょっと目を離すと、卵を出してしまう。人間でいう十月十日(とつきとおか)の十月(とつき)くらいの鮎を手でさわりながら選んでいきます。 まだ卵が入りきっていない9か月くらいのものは戻して。これだけは女性でないと分からないと思う」そう語る久美子さんの目は、プロフェショナルそのもの。
「中にはしめるのが早すぎて、お客さまから『卵の入りが悪いよ』と叱られることもあります。そんな時は、別の子持ち鮎を焼き直している。1年に1回あるかないか、失敗するときもあります」子持ち鮎の卵の入りなんて、食べ慣れている常連さんしか分からないことですよね。子持ち鮎をしめる3週間が、久美子さんにとって一年間で最も必死になる時なんだそうです。
「この時期は店にはいません。知っている人は、子持ち鮎をしめる時期やなと思っている」
百点満点に限りなく近い子持ち鮎を提供し、お客様を喜ばせたい。「今の時代、もしかしたら機械でできるようになっているのかもしれない。自己満足の世界」と笑って見せる久美子さんですが、その先にはお客様の笑顔があるはずです。

鮎料理の店「月壺」

「勝負の3週間」で久美子さん自身がしめた子持ち鮎は新鮮なまますぐに冷凍され、その後1年間お店で出されます。たくさん取れた時は1年中食べられるそうですが、6~8月には完売している年もあるとか。その頃には若鮎が旬の時期となっています。これが、月壺で年中鮎が食べられる仕組みというわけです。

【鮎のへしこ】

鮎の「へしこ」のお茶漬け

筆者には、月壺のメニューの中に、心揺さぶられトリコになった料理があります。多くの皆さんにぜひ食べていただきたいメニュー、それが鮎の出汁でいただく鮎の「へしこ」のお茶漬けです。
「10年くらい前に福井県の郷土料理『サバのへしこ』を食べて美味しかった。自分でも作れるんじゃないかと思い鮎で作ってみました」チャレンジ精神旺盛な久美子さん。それもお客様に美味しいものを提供したいという強い思いからでしょう。
「参考になるレシピはないか調べたけど何もなかったので、実験を重ねて開発しました。しめてすぐの鮎を3枚におろして、塩で2~3ケ月漬ける。そのあと糠の中で3年。炭で焼くなど色々試したんですが、お茶漬けに合う出し方はオリーブオイルでさっと両面炙るのが美味しかった」

鮎のへしこ

鮎のへしこをまずは一切れごはんの上に乗せて、鮎の出汁をかける。薬味にはゴマとネギと自家製の柚子胡椒。 お客様から「へしこって何?」と聞かれ「塩漬けしてから糠漬けしてあります」と答えると、「食べられないかも。生臭そうだからやめようかな」という人もいるそうですが、全くそんなことはありません。特にお酒やおつまみが好きの方におすすめしたい、旨みがぐっと凝縮した絶品です。
「最初はお客様に出していなかった。営業後のお昼のまかないメニューとして、夏の暑い日に冷たいお茶漬けとしてサラサラっと食べていたのが始まり」一回食べるとまた食べたくなる。リピーターも多い、贅沢で上品なお茶漬けです。

【特産である奥伊勢ゆずを使って】

さて、鮎のへしこのお茶漬けにも薬味として添えられていた自家製の柚子胡椒。
大台町の特産である「奥伊勢ゆず」を使用しています。仕入れ先は、柚子の名人である清滝(きよたき)に住む小掠悟さんから。
また、柚子胡椒に使っている唐辛子は久美子さんの自家製です。健康のことを考えて、塩分はほとんど使っていないという柚子胡椒は、どうやって生まれたんでしょうか。
「これも10年くらい前のこと。フレッシュな柚子胡椒をもらって衝撃を受けました。市販品とは別物。再現しようと試み、約6年前に商品化しました」へしこのみならず様々なメニューに登場する自家製の柚子胡椒、まさにフレッシュという表現がしっくりくる癖になる味わいです。

この人気の柚子胡椒を使い、2023年11月に新メニューとして加わったのが、ネーミングも可愛い「柚子ボナーラ」です。筆者もいただきました。ピリッと唐辛子が効いていて、辛党に嬉しい味。うどんに絡むクリームが美味しくて、一緒に付いてくる大台町のパン屋さん「カナエタ」のふわふわパンとよく合います。

柚子ボナーラ

もう一品、カナエタのパンとのコラボメニューとして、2024年1月に登場したテイクアウトメニュー「柚子唐バーガー」。
月壺のある薗の隣、茂原(もばら)にある大台町唯一の高校、三重県立昴学園高等学校インターアクト部が、2023年10月の文化祭「昴祭」で販売するために開発したホットドッグに着想を得ています。
昴学園高校の生徒が考案したのは、カナエタのコッペパンに月壺の唐揚げを挟み、宮川物産の柚子ドレッシングをかけたものでした。
今回月壺が打ち出したのは、柚子マヨを使ったハンバーガー。宴会メニューの一品として始まり、「さっぱりして美味しい」という声から定番化が決まりました。今までも受けていたお弁当とはまた違う、テイクアウトでの新たなチャレンジです。

柚子唐バーガーセット

「柚子唐バーガー」には、大きな唐揚げ1個入り(680円)と2個入り(860円)があります。写真は2個入り。
ピリッと辛いのがお好きな方には自家製の柚子マヨを、辛いのが苦手な方には自家製タルタルソースを。
ハンバーガーに合うラペは、ニンジンが苦手なお子様でも食べられるようにとこだわって作られました。ポテトも付いてきます。
全てのパーツが別々に入っているので、食べ方は自由。2個入りを全部挟むとこうなります。

柚子唐バーガーセット

【秋カフェ、冬カフェ】

テイクアウトにも力を入れている月壺。久美子さんをはじめスタッフの皆さんは、ランチ営業が終わった後も夕方まで忙しく働いています。
「せっかく店にいるから」と時間を有効活用し、2023年秋に初めての試みとしてカフェタイムがスタートしました。

ドリンクには、こだわりのベトナムコーヒーを採用されています。独特の方法で抽出し、苦味と香ばしさ、コク、深い味わいを楽しむことができます。お好みで練乳を加えるのがベトナムコーヒーの特徴の一つ。周辺ではなかなか味わえない、特別なカフェタイムが過ごせますね。
そして、スイーツにも力を入れています。この日は、柚子のティラミス、自家製の米粉と元坂酒造の酒粕を使った柚子ケーキ、緑茶パウダーを使った濃厚なお茶クッキー。
ティラミスにかかったほうじ茶粉末、クッキーに練りこまれた緑茶パウダーは、大台町栃原(とちはら)の「やまりん製茶」が作るオーガニックのものです。

「月壺」のカフェメニュー

カフェタイムは2024年3月末まで実施予定で、その先は未定だそうです。
若鮎のシーズンが始まると鮎目当ての観光客が増えるので、カフェは秋冬のオフシーズンのお楽しみ。

【奥伊勢ゆずを広めたい】

久美子さんに、今後開発したいメニューについて伺いました。
「やっぱり奥伊勢ゆず。柚子を活かしたメニューを作りたいといつも考えています。美味しいから。手に入りやすいし。柚子ってこんなに美味しいんやと言ってもらえるとうれしい。レモンのように、たくさん使い方があることを知ってほしい。私はレモンより、柚子の方が日本人の口に合っていると思う。
皮は細かく刻んで料理の上に飾ると、見た目も華やかになり風味も良くなる。果汁を絞った後はジャムにする。種はしょう油に入れておくと柚子ポン酢になる。入れすぎてペクチンの効果でしょう油まるごと固まってしまったこともあるので注意してね(笑)
青い時と黄色い時で味が違うのも良いところ。青い時はキリっとしていて、黄色い時はまろやかで少し甘い。

注意してないと分からないけれど、地の物だからこそ気づくことができて、それがまたおもしろい。時期により使い分けるのもいい。
柚子は捨てるところがない。大台町の特産、奥伊勢ゆずの良さを広めていきたい」

奥伊勢ネギのピザ(写真)と鮎のへしこのピザ

宴会での利用も多い月壺。筆者も年末に参加しましたが、そのメニューのラインナップに感激したことを覚えています。特に、旬の野菜がたっぷり入ったサラダ、奥伊勢ネギのピザ(写真)と鮎のへしこのピザ。
柚子唐バーガーも出てきて、あまりの美味しさにメニューに加わるか聞いたもの。
「注文が入って作るのではなくおまかせにしてもらえると、旬食材=安価なので、お値打ちに出すことができます。道の駅に買い物に行っても、何を買うか白紙の状態で行く。2名~おまかせのコース料理も事前予約で受けています」
月壺ファンのみなさん、次回の予約は「おまかせコースで」と注文してみてください。

【さらなる夢】

「私も年を重ねていく。大台町で、この町の美味しい食材で頑張っていきたいという情熱のある若い次の世代がいるから、いつかバトンタッチする日のためにやっていく」

「月壺」スタッフの皆さんと

スタッフは約10人。地元在住の高校生もアルバイトに来ています。
接客だけではなく、若い声もどんどん取り入れて、高校生にもメニュー開発に取り組んでもらっているそう。大人のスタッフは、久美子さんと同じく、結婚を機に大台町に移り住んだメンバーばかりです。
「外から来たからこそ、大台町、特に暮らしている旧宮川村の良さがわかる。この町のどんなところが良いのかは、生まれ育った人よりも多く言えます。
出身の人なら、タケノコがにょきにょき出てきても普通のこと。でも、私からすると感動!家の前にスイレンがあるのも特別。おばあちゃんたちが畑をして、採れたての大根を引いてその日のごはんにするのも、こんな贅沢なことがあるのかと驚いたし、柿でもきゅうりでもいっぱいできたから持ってけとか。
この町に入って、豊かな暮らしを送るそんな人たちの一員になった」
日々の暮らしを特別だと思えるのは、素晴らしいことですよね。

続けて久美子さん、お店のスタッフについて優しい声で。
「お母さんの手料理と言えるような家庭料理を得意とするメンバーもいれば、写真映えするようなオシャレなメニューを開発してくれるメンバーもいる。私もお客さんとして店に食べに来たいと思うほど」
ランチタイムが終わり、まかないの後。この日も注文が入っているお弁当を作ったり、明日の仕込みをしたり、忙しいスタッフの皆さん。
久美子さんの思いを聞いている間も、店内には明るい笑い声が響いていました。
次の世代へ―。この町の未来が、こんなふうに持続していけば。
「今度はおまかせコースで予約したいな」明るい未来を想像しながら帰路につきました。

月壺
HP : https://tsukitsubo.com/ 
住所 : 三重県多気郡大台町薗1274 
Tel : 0598-76-8080 
営業時間 : ランチ 11:30~14:00 秋カフェ・冬カフェ 14:00~17:00 夜(金・土のみ)17:30~20:30(20:00LO)
定休日 : 火曜・水曜

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